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春雪、水樹@青森
今年の桜前線がやっと北端の地・根室へ到達したというニュースが出た。
遅咲きだった今年の桜は、関東でも4月に入ってやっと本格的に開花。
いつもなら3月末にはお花見の予定を組んでいる頃なのに、今年は4月に入ってもなお、まだまだのんびりしたペースだった。

通年、4月下旬には北東北でも桜が開花する。遅咲きの年は、ちょうどゴールデンウィーク始まりの頃から青森で満開になることが多く、この時期に帰省すると、関東と合わせて桜を二度楽しめる。
それなのに今年は、4月28日、実家に戻ったときにはまだ公園の桜たちは蕾みのまま咲く気配すらない様子。
丁度、岩手や秋田が見頃だった時期、ゴールデンウィーク前半の青森には、まだ桜前線が届いていなかった。
よっぽど遅かったんだなあと改めて実感する。

まあ、それでも、風がだいぶ柔らかくなり、たんぽぽやハルジオンが顔を出す春の陽気。
つくしんぼは今が盛りとばかりに、遊歩道の脇にぐんぐん伸びて、ふきのとうももう食べられないくらい、すっかり花の状態だ。

ゴールデンウィーク前半、天気が良かったので津軽方面へ足を伸ばした。
みちのく有料道路を使わず、十和田湖から八甲田を抜けるルート。私が一番大好きな、山や森を通る行き方を選んでもらった。



八甲田は、ちょうど1〜3メートルくらいの雪の回廊ができている時期。
記録的な豪雪に見舞われたこの土地へも、やっと春が来た。
上のほうはまだ一面の銀世界だったけれど、穏やかな陽光にいっそう煌めく春の雪がとてもきれいだった。
新芽はまだ見えないけれど、木々も心なしか嬉しそう。

昨年の10月、冬を迎える前の八甲田を通ったときは、これから訪れる厳しい冬を耐えぬかんといった風情に見えた。ちょうど人間が、コートの前を押さえて、体をじっと強ばらせている感じ。
だけど、この日の八甲田は、嬉しさに両手をばんざいして、全身に光を浴びているような、そんな開放的な喜びが感じられた。
・・・というのは、どちらかというと訪れたときの私の心境なんだろうけれど、それでもやっぱり春の訪れに胸が高鳴るのはきっと人間だけじゃなく、動植物も一緒なのではないかと思うわけです。

もう少しすれば、山一面が新緑に覆われる八甲田。
その時期にはもっともっと、胸が高鳴り、空気が澄んで、心が晴れ渡ることでしょう。



さて、北津軽郡鶴田町の大溜池は、だいぶ水かさが増していて、湖の中から新緑の樹が顔を出す不思議な光景になっていた。
水中に見える草の感じから察するに、その辺りは普段は陸地だろうと思われた。
特に雨が多かった後でもなかったので、雪解け水だろうか。

真っ白な世界が、桜の訪れを契機に一変する。
パステルカラーの花々が咲き誇り、新緑の優しい若葉色が元気にさわさわと揺れる。
やがてそれは濃い緑色の葉へ成長して、緑一面の夏が来る。
春の雪も、水の樹も、すべてそんな季節の始まり。

It's all about loving early summer.
I'm on cloud 9!



# by norlie | 2012-05-21 19:50 | 北東北 | Comments(1)
 
旅の思い出、断片集@沖縄本島
沖縄の旅日記もこれでラスト。
どの日記にも入らなかった、小さな思い出の断片をまとめてみた。



1. 残波岬
読谷村にある沖縄西部の岬。
断崖絶壁が2キロに渡って続く景観は圧巻だった。
アイルランドのモハーの断崖が頭をよぎる。いつか行ってみたい場所のひとつ。
行った事はないけれど、これよりさらに大きなスケールなんだろうか。

ここで、4人目の友人と合流。
彼女がいると、皆の雰囲気がアクティブになる。
靴底が削れるのも意に介さず、皆子供のように岩場に出て大はしゃぎ。

この後、結婚式場で新たに2人の友人が合流。
一人また一人と友達が合流するに連れて、個性豊かな友人達のバランスがとれていく。
これが私達の絆の形なのかと思ったら、なんかいいなと思った。
皆にキャラクターがあって、個性が豊かで、皆そろってバランスが取れる。補い合える。
仲間はやっぱりそうでなくちゃ。





2. アーサ

日本全国津々浦々、わたくし海藻が大好きです。
沖縄は、この海藻のバラエティーが非常に豊富な土地なので、毎日食べるのがとても楽しい。
沖縄の海藻といえば、海ぶどう、もずく、そしてアーサ。アオサと同じといえど、沖縄で食べればアーサ。

前回の日記にも少し書いたのだけれど、ホテルの前の浜辺を歩いていたら、アーサがたくさん打ち寄せていた。
太平洋の海で育った私にとっては、浜辺に打ち寄せるものといえば昆布なので、なんだか沖縄らしくて嬉しかった。

あっさりしていて香り豊かなアーサは、シンプルにお吸い物が好きです。






3. 牛乳瓶のふた

友人の一人が嬉しそうに「ねえねえ、これ、懐かしくない?」と見せてきたコーヒー牛乳のビン。
確かに、楽しかった少女時代の給食が思い出される懐かしさ。

「懐かしくなってつい買っちゃって。写真に撮りたいんだけどうまく撮れないの」
困っていた彼女のカメラで、試行錯誤しながらなんとかアップの写真を撮る。
その後、自分の一眼レフでぱちり。

この牛乳瓶のふたが、爪が短いとなかなかあかなかったものです。
そして、牛乳瓶のふたで擬似的な銭を作って、子供バザーのお金の代わりにしたり。
給食で、月1回の楽しみだったミルメークが飲みたくなりました。




調べてみたら今でもあった!ミルメーク!
今度買ってみよう!

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ミルメーク 学校給食 大島食品工業
http://www.milmake.com/
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# by norlie | 2012-05-02 21:45 | Travel@Japan | Comments(0)
 
朝時間@沖縄本島
早朝の海を見たいと思っていた。
だからその朝は、携帯のアラームを小さな音量で6時にセットしていた。

2泊目、泊まったのは読谷村のモリマーリゾート。
台所が部屋の中についた2LDKのコンドミニアムだ。
3人だったので、誰か1人が一人部屋になる必要があったのだけれど、「一人で寝るのが怖い」と頼み込んで、二人部屋のほうで寝かせてもらった。

隣で眠っている友人を起こさないように気をつけながら、リビングへ出て、わくわくしながらカーテンを開けた。
すると、予想に反して、まだ夜の真っ暗な海が広がっていた。
バルコニーの10、20メートル先に海がある。だけどまだ暗すぎて、波の音でしかそれがわからないくらい、闇の世界だった。

    あれ?おかしいな。
    普段横浜なら、ちょうど朝日が見られるくらいの時間なのに。

首をかしげながら、ベッドへ戻って考えた。
そうか、ここは沖縄だから、横浜よりずっと西。
いつもの日本時間から考えると、日が昇るのも沈むのも、少し遅いのか。
ほとんど台湾に近い位置なので、1時間くらいの時差があるかもしれないと推測して、あと1時間眠ることにした。

そして、7時。
再びベッドから這い出す。
今度こそと思って、リビングへ出ると、先ほど開けたカーテンの外が明るくなっていた。
レースのカーテンの向こうに、海が見えた。すごく近い。



わくわくしながらバルコニーへ出た。
読谷村は本島西側の沿岸部にあるので、朝日が昇る方角ではない。
でも、朝日に白んだ沖縄の海は、爽やかで気持ちいい。

こんなに海が目の前にある場所で宿泊したのは初めてかもしれない。
眼下に打ち寄せる波を見ながら、ぼんやりした。
気持ちいいなあと思いながら砂浜を眺めていたら、ホテルのスタッフさんが犬の散歩をしていて、浜辺を元気に犬が駆けていった。
目が合うと、スタッフさんが「おはようございます」と挨拶してくれたので、私も笑顔で挨拶を返す。



しばらくして、友人達が起きてきたので、ちょっと外に行って来ようと出かける。
浜辺を歩いていたら、砂浜には、レタスのような薄い色合いの海藻がたくさん打ち寄せていて、「おお、沖縄の海には昆布じゃなくアーサなのか」と、小さく感嘆した。

暖かくて気持ちいい朝だったので、七分丈のズボンをさらに捲くって少し海に入ってみた。
ひんやりした海水が足の周りに満ちていって、波が引くと、さーっと足元の砂を奪っていく。ちょっと楽しい。



朝食から帰ってくると、かなり引き潮の時間になっていて、緑の海藻が絡みつく岩場が出てきた。
空の色が濃くなって、エメラルドの内海が輝きだす。
"太陽は世界に色をつける"っていうけれど、本当だなあと思った。

朝のビーチは楽しい。夜のビーチから眺める星空も好きだけれど、朝の始まりの空気は格別。
横浜に戻ったら、いい朝時間を心がけようかな、と自分の中で心が決まった。
# by norlie | 2012-04-27 22:43 | Travel@Japan | Comments(4)
 
戦地からの手紙@沖縄本島
沖縄に滞在した2日目、戦争にまつわる場所を2箇所訪れた。
旧海軍司令部壕と、ひめゆりの塔だ。

この日初めて自覚したのだけれど、これまでずっと戦争にまつわる場所へ行ったことがなかった。
私の育った北国にももちろん戦火はあったはずだが、そういう資料館や跡地はほとんどない。
修学旅行も奈良と京都だったので、広島や長崎といった場所を訪れることなく、生きてきた。

友達がそこへ行きたいと言ったとき、正直なところ、私はあまり行きたいと思わなかった。
そういう場所よりも、青い海や緑いっぱいの山、世界遺産の遺跡や美味しいカフェなんかのほうが、私はずっといい。
だけど、皆が皆の行きたい場所をちゃんと尊重しながら場所を決めていたから、この気持ちには蓋をして皆とそこへ向かった。

旧海軍司令部壕では、案内の方から「まずは資料館の展示をご覧ください」と促され、展示物を見て回る。
普段こういう展示物にはあまり足を止めない。
ぼろぼろの軍隊服や壊れた手榴弾、泥まみれの銃や割れて汚れた食器。
当時を想像して思い描けば、心が入り込みすぎて、しばらく戻ってこられなくなる。それが嫌だったから、そういうものは表面だけをなぞるように、あまり深入りしないようにさらっと見るだけにしてきた。
戦争が二度と起こってはいけないことは知ってる。そういう時代の上に、私たちの時代があることも。
それだけで自分にとっては十分で、これ以上知ろうとすること、見ようとすることを、ずっと避けてきた。

そんな展示物の中で、目を捉えたものがあった。手紙だ。
文字には力がある。手書きで書かれたものには、より直接的で即時的な力が。
文章や筆跡には、何十年、何百年なんてあっという間に飛び越えてしまう、臨場感がある。

その手紙は、ある一人の兵士が故郷の妻へ宛てた手紙だった。
癖はあるが綺麗な字で、この時代の人特有の「~してゐる」「~である」「と思ふ」といった、今の私達には堅い言い回しが使われていた。
文章に心が宿っていた。故郷の妻や生まれてくる子供への愛情や、隣り合わせの死への恐怖。
展示物の説明とは全く異なる、その人の感じている思いや抱いている感情がダイレクトに文字に宿っていた。
つい数日前に誰かが書いた文章を読んでいるんじゃないかとさえ、思った。
静かな筆跡の中に、語調を抑えた冷静な文章の中に、時折、切羽詰った焦りや、家族に対する切実な愛情が見え隠れした。
黙って、その文章を読み続けた。たぶん友達も、そうしていた感じだった。

壕の中は、鉱山の坑道に少し似ていた。
今見ると、それはただ静かで、少し暗くて、人が掘っただけの細く狭い坑道のようだった。
ここで、どんな惨い生死のやり取りが行われてきたか、どれだけの激情や非情があったのか、思い描きつつ、思い描きすぎないようにしながら、進んだ。



ひめゆりの塔を訪れたときも、「感情が入り込みすぎないように」というのをずっと気をつけていた。
ベトナムからの友人は資料を読んで、何度も「かわいそう」と言っていた。
"かわいそう"
ここで感じる思いはその客観性に留めておくべきだ。どんな気持ちだったのか、どんな恐怖だったのか、どんな絶望だったのか、そこにまで思いを馳せるべきじゃないと思った。

平和祈念資料館も、そうやって冷静に、淡々と展示を見ていった。
だけど、展示の中のある一文が、心にずしんときた。

沖縄は、天皇と本土防衛のための捨て駒にされたのです。

展示物としての冷静な一文だったが、その根底にある、静かな怒りや悲しみが伝わってくる文章だった。
沖縄が戦場となったことは知っていたけれど、そこへ至るまでの経緯やその結果を私は知らなかった。全て読んで、全てがショックだった。
いくら感情の扉を閉ざそうとしても、展示の文章が否応なく目に入ってくる。

看護活動では、麻酔のない治療が当たり前でした。
兵士達の中には、お前達に戦場の何がわかるのかと、女学生へ八つ当たりする人もいました

敗色濃厚となった戦争末期、本土からの助けもなく、突然の解散命令で戦場へ放り出されたひめゆり学生達。

あたりは全て米軍に包囲されていました。
「ここからは命令に従う必要はない。あなたたちの判断で行動しなさい」
泣き崩れる人、動けなくなる人、狂って戦場へ飛び出す人、様々でした。

私に彼らの気持ちがわかるはずはない。
だけど、展示の内容が問いかけてくる。
彼らがどんな気持ちだったか、彼らに何ができたのか、どうしてこんなことが起きたのか?

平和祈念資料館の中を歩いていると、第三外科壕を底から見上げた形で再現された場所に出た。
自然にできたような真っ暗な大穴に、僅かに開いた天井から外の光が差し込んでいた。
この優しい光は、凄惨な戦場で生きた人の目にも映ったのだろうか。
希望か、あるいは、この地獄がやっと終わるのだという死の安らぎか。

そう思ったとき、急に堰を切ったように、涙が溢れた。
ずっと我慢して、目を背けようと努力してきた感情がこぼれてきた。
怖い、つらい、もう嫌だ、逃げたい、悲しい、痛い、死にたくない、こんなふうに生きたくない。

「ごめん、私、もう無理」と友達に言って、外に出て、花壇の前で涙が止まるのをじっと待った。



旧海軍司令部の真っ暗で重々しい壕から出ると、天気のいい明るい沖縄の空が広がっていた。
丘陵から遠くに見渡す海は、青くて穏やかで優しい。
今はもう、暗く凄惨な戦争の時代ではない。
この晴れやかな空が似合う、楽しく、笑顔でいられる時代。

だからこの体験を忘れない。
今日感じたことも、涙も、覚えておこう。

今、ここへ行きたいといってくれた友達には、少し感謝している。
そうでなかったら、私はきっと一生こういう場所を訪れることはなかっただろうから。
# by norlie | 2012-04-25 22:10 | Travel@Japan | Comments(0)
 
春の鎌倉へ
春が来ると、なぜこんなにも心がうきうきするのだろう。
風が柔らかくなって、日差しがぽかぽか降り注ぐ。
息吹を感じる若草色、幸せを感じる薄紅色。元気な黄色に、涼やかな青。
パステルカラーが大地に芽吹く。

日本では、年度が春から始まる。植物とぴったり合うこの季節の区切りのつけ方は、自然に特別な気を配してきた日本人の感性によく合っていると思う。

春の訪れに呼応して、心の声がざわめきだす。
さあ、外に出かけよう。
いてもたってもいられない心地で、さっと身支度をして、鞄を斜めがけ。
歩きやすい靴で飛び出したら、向かう先は鎌倉!



桜を見に訪れた人でごった返す鎌倉駅周辺。
小町通でコロッケを頬張って、段葛をぱーっと歩いたら、さっさと人ごみを抜けて妙本寺に向かう。
鎌倉で、浄明寺と並んで特別好きなお寺が妙本寺。
混雑から抜けて山の空気を吸いたい、静かでのんびりしたいと感じたらここへ来る。

妙本寺は山が近い。本堂の両脇には鬱蒼とした森が広がり、鎌倉駅周辺の喧騒が嘘のように、静けさに包まれている。
ここの本堂に腰掛けて、ただ何もしない時間を過ごすのが好き。自分の周りで緩やかに刻まれる自然の時を感じられるから。
ぴーひょろろろろろ、と鳶が鳴く。声の感じがいつもより焦った感じだったので、どうしたのだろうと声のするほうを目で追ったら、高い木の上で鳶がばさばさと羽ばたいていた。
木の上に巣があって、そこに餌を届けているらしい。子育ては大変。

本堂向かって右側に、ピンクの桜のような花が咲き誇っていた。海棠だ。
桜よりも濃いピンク色が青い空に良く映える。
心がときめく、可愛い花。

本堂のすぐ脇の森から、手を差し伸べるように若草色のもみじの枝がすっと降りていた。
よく見るもみじよりも、繊細な形をしていた。
この季節ならではの、芽吹いたばかりの新緑の優しい色合いには胸が安らぐ。

こうやって時々、静かな場所で、自然に囲まれて、一旦気持ちをリセットする。
ニュートラルな状態に戻してから、再び歩き始める。



ふわふわ満開の桜の屋根の下、銭洗い弁天へ向かうことにした。
喧騒を離れたかったので、極力小さな路地や民家の通りを歩いて向かう。

道端に、子供の頃から慣れ親しんだスギナがたくさん生えている場所があったので、これはもしやと思って探してみたら、やっぱり見つかった。つくしんぼ。
つくしやふきのとうが生えると、春が来たなと思う。青森で過ごしていたときは、雪の中から小さく顔を出すふきのとうの黄緑色にわくわくしたもの。
つくしも、ふきのとうも、両方とも食用になる植物だけれど、実は私はあまり好きじゃない。
アクが強くて苦いイメージ。



春が来て、若芽若草が芽吹き、淡い色の花が咲く。
春生まれのせいか、この季節になると、無性に心が疼く。
何か楽しい出来事がどこかで自分を待っているような気配に誘われて、旅に出たくなる。
芽を出して、花を咲かせたくなる。そんな、大好きな季節です。
# by norlie | 2012-04-22 18:58 | 鎌倉 | Comments(2)
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