思い出の潟分校@秋田
二年以上前に、北東北の観光情報誌"rakra"で見かけてから、ずっと行きたいと思っていた学校がある。
秋田県仙北市、田沢湖の南湖畔にある『思い出の潟分校』。
この春、ちょうど自分の誕生日に、訪れることができた。

明治15年(1882年)6月1日に生母内小学校の分校として創立された、潟分校。
昭和49年(1974年)3月31日に廃校になったのだそうだ。
その後、解体されることなく残り続けた校舎が、2004年に地元の人々の手で修復され、一般公開された。
私が生まれるよりもずっと前に、廃校になった学校。そこへ足を踏み入れられるなんて。

盛岡から46号線を通って、田沢湖へ。
湖畔をドライブしていると、見逃してしまうような小さな立て看板に、「思い出の潟分校」と書いてあった。一度スルーして、たつこ茶屋まで行ってしまって、逆戻りした。
林の中に、ひっそりと佇む木造校舎が見えてくる。

その時間、訪れていたのは私達の前に一組だけ。入れ違いだったので、校舎へ入ると、私達だけになった。
スリッパに履き替え、廊下にあがる。歩く度に、木の廊下がぎーしぎーしと鳴る。学校のスリッパって、昔から上手に履けない。何度も脱げかけながら、ばたばた、ぎしぎし音をさせながら、中へ入る。

廊下と教室の間に、壁がない。
正確には壁はあるのだけれど、大きな木窓がついていて、中が丸見えになっている。
この作りこそ、昔の学校の象徴だと、ずっと思っていた。
映画に出てくる昔の学校と、自分の学校を比べて、この雰囲気の違いのもとは何だろうと思ったとき、それが私が感じた一番大きな違いだった。そしてそれが、私が思う、昔の学校の美点だった。

外からも廊下からも教室の中が一目瞭然。教室の中からも、外の世界が見渡せる。
閉鎖的じゃない、オープンな空間。
閉じ込めることをしない、校舎の作り。
先生だけではなく、学校全体で、村全体で、社会全体で、子供達を見守っていた時代。
叱られて、廊下に立たされたって、教室の中と外が繋がっている、見渡せる。
午前中の暖かな日差しも、真っ赤な夕焼け空も、どちらも見える。
西も東も、吹き抜けているから。

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受付の人が誰もいなかったので、とりあえず、教室へ入ってみる。
目に飛び込んできたのは、整然と並ぶ木の机、木の椅子。
濃い茶色の天井。
緑の黒板。
それに、木枠の窓。その向こうに見える、広場と林の景色。
そこは、映画やアニメでしか見たことのない風景だった。
私の通っていた学校とは全く違う、まるで物語の中に出てくるようなセピア色の風景。
ちょうど「となりのトトロ」でサツキちゃんが通っていた学校みたいな感じ。

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机の上に、ポットが置いてあって、「お越し下さってありがとうございます。お茶をご自由にお飲みください」と書いてあった。
母と二人で、席について、お茶をいただく。
私は興味津々で、古めかしい木造校舎をきょろきょろ見回していたけれど、母は木の椅子に座る姿が妙にしっくりきていた。しみじみ、嬉しそうにお茶を飲んでいた。
母の通っていた学校もこんな感じだったのかな?
私にとっては物語の中の風景だけれど、母にとっては、懐かしい思い出の風景なのだろうか?
そういえば、母にも学生時代があったのだ。私は「母」である母しかしらないから、考えもしないけれど、母にも学生時代や子供時代があって、その記憶には私が見たこともないような風景が潜んでいることだろう。
母の頭の中に入って、その記憶の風景を見られたら、とても楽しそうだなあと思った。

教室から出ると、受付の人がいらっしゃったようで、父はその人とおしゃべりしていた。
小学校の先生にいそうな感じの、朗らかで明るい声のお姉さんだった。話を聞くのは父に任せて、私は一人で校内を探検することにした。

まずは体育館へ。それは、私が通っていた小学校の体育館の4分の1くらいのサイズ。
ステージの右側に、黒いアップライトピアノが置いてあった。触ってはだめとは特に書いていなかったし、私以外誰もいなかったので、少しだけ弾かせてもらうことにした。
学生時代の定番"エリーゼのために"や、クーラウのソナチネ、きらきら星変奏曲。
普段電子ピアノでしか弾かないから、少し音が抜けがちだったけれど、体育館の音響が心地いい。

その後は、校舎の二階を探検して、再び一階へ。
一番奥は、職員室。教員用の机は3つ。その1つに座ってみる。
母が来たので、採点する先生のふりをして笑い合った。こういう学校の先生になれたら、素敵だなあと思った。

会社の後輩に、兵庫県の田舎の分校育ちの男の子がいる。
見た目は普通だけれど、朗らかで素直で実直だ。こういうところで、まっすぐに育ったのかなと思った。

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教室の後ろには、昔の学用品が並んでいた。
セピア色のノート。傷だらけの、つぶれたランドセル。乾いた絵の具が残るパレット。
長い歴史と、今は大人になった子供達の思い出が、この学校にはたくさん詰まっている。

誰もいない古い校舎に自分たちだけ。
それはタイムスリップのようで、思い出探しのようで、物語の世界のよう。
だけど一番感じたのは、誰もいない学校に忍び込むわくわく感。
部活の後、夏休みの誰もいない校舎を探検するような、子供心をくすぐる時間を過ごした後は、受付のお姉さんにご挨拶をして学校を出る。
静けさに包まれながら、一冊の本を読み終えたような清涼な気持ちで帰途についた。
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by norlie | 2011-08-07 13:53 | ぷらっと秋田
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