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原始の峡谷@秋田・小又峡
秋田県北部に"小又峡"という場所があると知ったのは今年9月の終わり。
身近だと思っていた秋田県だけど、まだまだ知らない場所があるらしい。
行ってみたいと思っていたら、10月末、意外とすぐに訪れることができた。

秋田県北秋田市。八幡平の西側の山岳地帯にある太平湖。
この湖に流れ込む上流の川の一つ、ノロ川一帯の渓谷を「小又峡」と言う。

実家のある青森から車で向かったため、東北自動車道鹿角八幡平ICで降りる。八幡平には向かわず、県道309号線を西へ。
"くまげらエコーライン"の愛称で呼ばれる309号線は、その名の通りの山道。カーブとアップダウンが続く峠道を走らせると、やがて色付いた山間に湖が見えてくる。
時々見えるその姿を楽しみながら、もう少し進むと太平湖グリーンハウスに到着。

湖をかなり高い位置から見下ろす場所にある太平湖グリーンハウス。
そこで遊覧船の切符を買って桟橋へ降りる。1時間に1回出港する遊覧船に乗って、太平湖へ。
目指す小又峡はこの湖の向こう。つまり、小又峡を散策するには原則この遊覧船で湖を渡る必要がある。

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太平湖は約60年前に森吉ダムの貯水池として作られた人造湖。
山間のダム湖のほとんどがそうであるように、自然湖の穏やかな円形とは違って、山々の深い谷間がそのまま湖を成したような複雑な地形をしている。

10月は太平湖の紅葉シーズン。今年一番最初に目にする紅葉となった。
私が訪れたこのとき、太平湖の紅葉は終わりかけの時期。木々の大半が色付き、朽葉色へ変わる直前の、燃えるような赤が印象的だった。
紅葉、黄葉、褐葉の中に、時折わずかに緑の木々が混じる。色彩豊かな秋色のカラーパレット。

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風のないこの日、湖面が鏡のように秋の響宴を映し出していた。
ノロ川独特の赤銅色の水色もあり、鏡像の色が本当に色鮮やかで、ため息が出る美しさ。

北東北の山岳地帯に位置するだけあって、太平湖周辺の道路は冬期通行止めになる。
鈍色の冬がやってくる前に、山々が一斉に終楽章の盛り上がりを歌い上げているみたい。
人里離れた山奥の四季は、ある種の交響曲に似ていると思う。いや、交響曲のほうが自然界の四季に似ていると言うべきなのかもしれない。
ストリングスの小さな音から、希望に満ちて始まる春の予感。
木々が芽吹いて花々が咲く最初の主題の後、夏の冒険が始まり、主題が様々に展開する。
やがて秋がやってきて、それまでの成果が実り、成熟したフィナーレをオケ全体で壮麗に歌い上げる。
ここで終わる場合もあるけれど、最後にまた、始まりと同じ主題に帰結し、静かな音のない冬へ足を踏み入れて終わるものもある。
ちょうど、最近聴いているリムスキー・コルサホフの『シェヘラザード』は、私の中でこんなイメージだと思う。
巡る四季とクラシック。千夜一夜の物語。私の頭も芸術の秋モード。

30分くらいで、湖を挟んで反対側に位置する別の桟橋に到着。ここからが小又峡のスタート。




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太平湖、小又峡一帯は森吉という土地にあたる。
そして、秋田県の阿仁・森吉といえば、日本有数のマタギの土地。
マタギというのは主に北海道や東北で、昔から険しい山とともに暮らしてきた狩猟の民のことを指す。
私が子供の頃から読み親しんだ宮沢賢治の『なめとこ山の熊』も、マタギがモデルになっているお話。

そんなマタギの人々にとっても小又峡は大切な場所だったらしく、長らく足を踏み入れることはなかったのだそう。
今でこそ小又峡桟橋から三階の滝というところまで、1.8kmほどの遊歩道が整備されているものの、三階の滝のさらに奥には一般人には入山困難な渓谷が続いているという。その全長は約6km。全部歩きたいけれど、ちょっと厳しい。熊よけの鈴も持っていないし…。
遊歩道と言っても、歩道らしき歩道は最初のほうだけで、終盤は単に渓流脇の岩の上を渡っていくだけ。とはいえ、傾斜は低く、渡りづらい川には丸太道が敷かれてあり、何より次から次へと見たこともないような滝や奇岩、川の中の甌穴や堰が迫ってきて、楽しくてたまらない。
足下を見ながらしっとり濡れた岩場を渡って行く。秘境感いっぱいの場所。澄んだ空気。山の音。

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途中、とても華やかな紅葉の道があった。舞い散る赤が美しい。
帰りの遊覧船を2時間後の便にすることにして、景色を楽しみながら時間をかけてゆっくりと歩く。

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そこに身を置けば置くほど不思議に感じたのだけど、太平湖の水は茶色い。
汚いわけではなく、水はきっととても清冽―溢れるほどの岩魚や山女魚が泳いでいたのを見たので―なのだと思うが、不思議な赤銅色。
小又峡は小又川支流のノロ川を中心としているが、このノロ川の源流付近は赤水渓谷と呼ばれる。この水の色とも関係しているのだろうか。

川の中を覗くとそれはそれは不思議な風景。
遥か昔の噴火によって流れ出た火砕流が冷えて固まり、一枚岩を成した川底を、途方もない年月をかけて水が浸食し、あちこちに深淵を作り出している。
底が見えないほど深い場所もたくさんあった。落ちないよう、注意しながら歩く。

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落ち葉一つ一つの形がとても綺麗。
自然界には驚くほど美しい"かたち"がたくさんあると思う。
そういえば、黄金比とかフィボナッチ数列とか、数学的に美しいかたちも自然界にはたくさん存在している。
水辺に広がるもみじの絨毯。この中には一体何色の赤と黄色があるのか。
しっとりした苔に手をおいて沈み込ませながら、すごいなあと感嘆した。

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遊歩道が整備されているとはいえ、一般的な景勝地とは違って、そうそう人が出入りしない小又峡。
そこに生きる自然は、たまに訪れる私達人間のことなんて何一つ気にしていないかのように、自分達の生態系を育んでいるように見えた。

水源豊富な渓谷にあるため、両脇の岩壁には多種多様な苔が張っている。その岩壁からは尚も水が染み出して、水滴となって下に落ちていた。
苔が張った岩壁には、蔦が絡み付き、緑の茎から根のようなものを張ってうまく岩にへばりついている。

植物の知恵と適応力にはいつも感心してしまう。抵抗せず、受け入れ、自らを変化させていくしなやかさ。
気候が荒れれば風雨にじっと耐え、冬が来れば雪に埋もれて静かに春を待つ。天気がよければ朝露を湛えて嬉しそうに輝き、風が吹けば気持ち良さそうに葉を揺らす。夏は青々と生茂り、秋が来ればこうやって情熱的に色付く。
起こったこと全てに謙虚に適応していく力。そして限界を超えれば、静かに世界から去って行く身の引き方。
素直でこだわりがなく、従順で寛容。周囲の環境と助け合いながら、しっかり自分の根を張って、健やかに生きていく。
日々、人の世界で一喜一憂して、変に考えすぎて右往左往している自分に比べたら、ずっとかっこいいと思う。

急峻な山岳地帯。
人の世界から離れた場所だからこそ、自然の奥深さにオープンマインドで耳を澄ますことができた。
原始的な渓谷美も去ることながら、小又峡に生きる小さな植物一つ一つの姿に感動した。
来るのは大変な場所だけれど、きっとまたもう一度来てみたい。そしてこの自然と再会したい。
by norlie | 2011-11-06 00:10 | ぷらっと秋田
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