カテゴリ:ぷらっと関西( 17 )
 
小春日和の古都散歩@京都
3日目。快晴。それほど寒くなく、小春日和の空のもと、京都駅を起点にそぞろ歩く。
まずは清水寺へ。一日の最初に相応しい、壮大な景観。
高台にあるので、京都の街並を見下ろすことができ、町を取り囲む山々も一望できる。
改めて京都って盆地なんだなあと実感した。
何度観ても、この景色は面白いと思う。

e0048530_18101537.jpg


清水寺から祇園まで続く東山の小道は、どれもとても風情があって実に京都らしい景色が続く。
坂を下り、東山の小道を歩く。ねねの道を通って、石塀小路に寄り道。
ねねの小道を楽しんで、円山公園でひと休みして、祇園の花見小路まで歩く。
京都らしい街並と、古都の暮らしが垣間見える景色の数々に、歩いていてとても楽しかった。

e0048530_18191691.jpg

e0048530_18193574.jpg

e0048530_18195232.jpg

e0048530_18201347.jpg


昼が過ぎて、さすがに歩き疲れて、祇園の京煎堂でひと休み。
ぜんざいとわらび餅を頂いた。甘いものを食べて自然と口角が上がる。
やっぱり京都に来たら、和菓子を食べたい。

e0048530_18275637.jpg


それから、鴨川を歩いて、四条河原町を通り過ぎ、錦市場へ。
汸臼庵で棒天をいただき、カリカリ博士でたこ焼きを食べて歩く。
お腹がいっぱいでこんなもんじゃの豆乳ドーナッツを食べられなかった。
それに汸臼庵の棒天、もっと色々な種類を食べたかった。
食べたい、食べたい、と訴える目に、お腹がついて行かず、やや無念な節あり。
次に行くときは、もっとお腹をペッコペコにして、心行くまで食べ歩こうと誓う。

奈良&京都旅行の最終日は、またしても健脚で歩き回った一日となった。
やっぱり私は歩くのが好きだ。
歩くスピードで見る景色と、立ち止まる気ままさと、散歩の途中で食べるちょっとしたご飯が大好き。
ドライブも同じくらい好きだけれど、古都はやっぱり歩くに限る。
母もよくよくついてきてくれて、その健脚っぷりには感心してしまった。

母と二人、そぞろ歩いた京都と奈良。
一年の終わりに、思い出に残る楽しい旅になりました。
来年はどんな旅をしようかな。今からわくわく。
[PR]
by norlie | 2014-12-05 18:08 | ぷらっと関西 | Comments(4)
 
雨を楽しむ一日@京都
2日目は生憎の雨。しとしとと降る雨が秋らしい、傘を片手に過ごす一日となった。
いつもなら、旅行中の雨は気が滅入る。
だけど幸い、ここは京都。雨の日は雨なりの艶やかな一面を見せてくれる町。
しっとり濡れた石畳、雨雫に揺れるもみじの葉、お寺の一室から眺める庭の翳り、さざ波のような雨音。
こんな日にしか見られない京都を探しに、北から南へ、西から東へ、町中を巡ることにした。

● 紅葉と秋雨の"東福寺"

最初に向かったのは東福寺。
鎌倉時代に創建された禅宗寺院で、京都五山・第四位に選定されている。
年代や宗派柄、日頃鎌倉で見ている寺院と似た、実直で重厚な雰囲気があり、心が落ち着く。
『東福寺』という名は、奈良の東大寺、興福寺から一文字ずつとって付けられた名なのだそう。
昨日訪れたばかりの場所の名前が出てきて、嬉しい縁を感じることしきり。

広大な境内に、北谷、中谷、南谷という3つの渓谷を擁するこの東福寺は、それらの渓谷を巧みに取り入れた景観で有名な場所。
特に、中谷にかかる偃月橋、通天橋、臥雲橋という3つの歩廊橋は、東福寺三名橋と言われ、そこから眺める景観が絶景として名高い。
特に、新緑と紅葉の季節はこぞって観光客が訪れる名所となっている。

e0048530_15332463.jpg

11月上旬のこの時期、橋下の渓谷には、色付き始めた紅葉、黄葉、まだ色付かぬ緑葉の三色が織り成す、美しい秋景が広がっていた。
あと2、3週間もすれば、眼下の木々は真っ赤に染まり、燃えるような紅葉の海に浮かぶ通天橋が見られるのだそう。
その景色は是非見てみたいような気もするが、紅葉の迫力に負けず劣らずの大混雑になるそうなので、私にはこのくらいの時期のほうが丁度いいのかもしれない。
眼下に中谷を見下ろす高い位置にかかる通天橋から見る景色は十分に素晴らしい。

e0048530_15454234.jpg

東福寺の長い歩廊橋には屋根がかかっているので、雨の日でも濡れることなく、美しい景色を楽しむことができる。
しとしとと降る優しい秋雨の中、雫滴るもみじの美しいこと。
渓谷や池では、苔がいきいきと色濃く蒸しており、禅宗らしい実直な美を味わえる。

e0048530_154958100.jpg

広い境内をそぞろ歩けば、自然の豊かさと手入れの行き届いた庭、根の張り方までもが絵になるような老木や、見たこともないようなスケールの建築が目に飛び込んでくる。

特に国宝にもなっている三門の巨大さには驚いた。
これまで、鎌倉・建長寺の三門を大きい大きいと感じてきたが、まるで比較にならない。
東福寺の三門と比べると、あちらがミニチュアに見えてしまうほど。
上には上がいるもんだなあ。

バランスのとれた重厚かつ巨大な三門は、屋根の形や建物の造りが、どこか奈良の東大寺を思わせる。
迫力があるのに不思議な静けさがある。
改めて京都という町の古さと壮大さを感じる景色。とても感銘を受けた。

真っ赤な紅葉と雰囲気のある歩廊橋、自然豊かな渓谷と巨大な禅宗建築、しっとり静かな方丈庭園。
見所の多い東福寺は雨でも楽しめるお寺の一つ。
また来たいな。

● "伏見稲荷大社"へお参りに

この神社に来るならやっぱり快晴が一番。青空に朱色の社と鳥居がよく映え、気持ちまで明るくなる。
だけどこの日、敢えてここに寄ったのは、東福寺からとてもアクセスのいい場所だから。

東福寺と伏見稲荷大社はJR奈良線上の隣駅。一方、京阪本線では1駅挟んでの近隣駅にあたる。
また、ぷらぷら散歩がてら歩いても着く距離なので、いずれにしても一緒に行きやすい。

昼頃に差し掛かり、伏見稲荷大社の参道でたこ焼きやお煎餅を食べながら、参拝した。
日本全国あちらこちらにある稲荷神社の総本宮がこの伏見稲荷大社。
"稲荷"というのはこの神社が置かれている稲荷山を指す。

普通の神社なら狛犬がいる立ち位置に、すっと立ってこちらを見ているのは赤いスカーフをした狐達。
どこか愛嬌のある顔立ちが親しみやすい。
今にも"こんこん"って言い出しそうなお稲荷様。とても可愛い。

e0048530_1616292.jpg

伏見稲荷大社と言えば、有名なのが千本鳥居。
明るい朱色の鳥居がどこまでもどこまでも続く不思議な道は奥宮への参道になっており、幾何学模様のように奥まで続く鳥居景色が印象的。

個人的にはこの千本鳥居も良いけれど、稲荷山の最高峰まで登る参拝コースもいつか登ってみたい。
でも今日は雨なのでまた今度に。

● 日暮れの"金閣寺"はハチミツ色

京都に戻り、遅めの昼食をとって、バスで向かったのは金閣寺こと鹿苑寺。
実は何度も京都に来ているのに、金閣寺には一度も来たことがなかった。
修学旅行でもなぜかうちの学校のコースには金閣寺が入っておらず、皆に不思議がられる。

とは言え、教科書やら観光ガイドやらテレビやらですっかり見慣れてしまった金閣寺。
あまり期待しておらず、一度は見ておくか、くらいの気持ちで訪れたのも事実。
ところが実際に行ってみると、どんより曇り空、日暮れ時刻という条件のおかげか、テレビや本で見た景色とは全く違う色合いをしていて、一目見た瞬間から、じわーっと感動を覚えた。

e0048530_16264779.jpg

秋陰の空が日暮れをまとって少し温かみを増した境内。
まろみを帯びた間接光に照らされた金閣寺は、とろりとハチミツ色。

暗くなり始め、陰った泉の上に、音もなく佇む姿に派手さはなく、とても落ち着いた色合いに見えた。
頭の上に真っ赤な紅葉が枝を垂れ、ハチミツ色の舎利殿とマッチして、錦秋の温かさがある。

e0048530_16332912.jpg

写真やテレビで観ていたときは、上2層の金色の部分にばかり目が行っていたので、この日見るまで知らなかったのだけれど、金閣寺の初層に明かりが灯る部屋があった。

テレビや写真で見る金閣寺は、この初層の部屋に明かりが灯っていないものばかりだったので、全く違う印象を受けた。
寝殿造の室内をよーく見てみると、釈迦如来像が安置されているのが、遠くからでもはっきり見える。
初層が部屋になっていることも、中に釈迦如来像がいることも、明かりが灯ることも、全く知らなかった。
初層に明かりが灯っていると、三つの層が同じ色合いになって、とても綺麗。

日暮れが早い11月の、翳った曇り空のもとだからこそ見られた、ハチミツ色の金閣寺と真っ赤なもみじ。
まろやかでとろりとした時間を味わって、この季節のこの時間帯に来てよかったなあと思うことしきり。

● "知恩院"の秋のライトアップ

日が落ちて、バスで四条河原町へ向かい、そこから歩いて祇園を抜けて、向かった先は知恩院。
知恩院は京都の寺社仏閣の中でもいち早く紅葉シーズンのライトアップが始まる。
11月上旬にライトアップしている数少ない京都のお寺。

e0048530_1651571.jpg

雨に濡れた地面やもみじの葉に、ライトアップされた光が反射して、景色がより艶やかに見える。
友禅苑の補陀落池では、鏡のような真っ黒な水面に、ライトアップされた紅葉がくっきり映し出されていた。
絵のように美しく、思わず溜め息が洩れた。

浄土宗の総本山というだけあって、三門と阿弥陀堂の大きさには驚いた。
残念ながら三門は工事中だったが、こちらもまた東福寺で見たような大きさ。
京都のお寺の三門って本当に大きいなあ。

阿弥陀堂ではお坊さんが南無阿弥陀仏を唱えていた。
真っ暗闇に響く低い美声と、ポクポクポクとリズミカルな木魚の音が、怪しくも、なぜか心地いい。
昼間の念仏は聞いたことがあるけれど、こんな夜にひっそりと明かりが灯った阿弥陀堂で、一心不乱に続く念仏はかなり印象的。

阿弥陀堂の中には、木魚が20個弱並べられていて、どうやら一般の参拝客も叩けるらしい。
先客が何人かいて、若い人も多く、皆リズミカルにポクポクポクポクと木魚を叩いていた。
私より若そうな男性2人が並んで無言でずっとポクポク叩いていて、今どき感心だなあと思ってしまった。

しっとり雨に濡れた阿弥陀堂で、闇の中、いつまでも続く念仏と木魚の音を、ずーっと後ろで立って聞いているのは、なんだかとても神妙な心地。
ここにいるのに、あの世と繋がっているような不思議な感じ。面白い体験だった。

秋雨の一日にしか味わえない、いつもと違う京都体験。
とても印象的な旅の一日になった。
[PR]
by norlie | 2014-11-29 16:20 | ぷらっと関西 | Comments(2)
 
八部衆との再会@奈良
e0048530_2184073.jpg

若草山の登山口の近くを歩いていたら、角のある雄鹿がすっくと立ってこちらを見ていた。
奈良公園の鹿は、毎年10月に"鹿の角切り"という行事で、危険防止と樹木の保護のために角を切られるので、この時期の鹿はみんな角がないのだけれど、この雄鹿は行事を逃げ仰せたのだろうか。
角を天に伸ばし、すっと立っていると、何となく神聖な生き物のように思えてくる。
でも、このかっこいい角があると、刺されそうでちょっと怖い。戯れづらい。
それでも、つぶらな瞳にはやはり惹かれるものがある。

春日大社の境内の回廊には、幾つもの釣灯籠が飾られ、幻想的で静謐な雰囲気がある。
毎年2月と8月の夜にだけ、全ての灯籠に明かりが灯される『万灯籠』という行事があるのだけれど、春日大社の境内の一角で、万灯籠を再現した藤浪之屋という場所があった。
中に入ってみると、狭いながら少しだけ"万灯籠"の雰囲気を味わえる。
これがあの長い回廊で灯されたなら、どれだけ幻想的だろう。
まさに時を超える幽玄の美。夏の夜に見てみたい光景だ。

e0048530_2185399.jpg

冬至も来月に迫り、日暮れが早くなった11月。
暗くなりかけた夕刻に訪れたのは、念願の興福寺・国宝館。

ここには、教科書で必ずと言っていいほど登場する"阿修羅像"がいる。
興福寺の国宝館に行くことは、今回の旅で私がやりたいことの一つだった。

2009年の春、友達に誘われて上野の東京国立博物館へ行った。
そこで開かれていたのは『国宝 阿修羅展』だった。
当時は全く興味がなく、誘われたので行っただけだったのだが、あの展示を見て、阿修羅像は八部衆という8体の立像の1つなのだと知った。
そのときは、人混みに流されるように見ただけの八部衆だったが、今回の旅でもう一度きちんと見たい、再会したいという思いがあり、楽しみにしてきた。

国宝館は撮影禁止なので写真はないけれど、言葉では表せないほど素晴らしかった。
てっきり、八部衆だけだと思っていたら、とんでもない。
ご本尊の巨大な千手観音菩薩像乾漆十大弟子像や、木造金剛力士像天燈鬼・龍燈鬼像など、国宝級の彫刻がこれでもかというくらいに並んでいて、圧倒された。
考えてみれば『国宝館』と謳っているくらいなので、国宝級なのは当たり前なのだろうけれども、どれも想像以上。

いきいきとした表情や動きのある立ち姿が素晴らしい金剛力士像と天燈鬼・龍燈鬼像。
一人一人の人柄や修行姿勢を見事に表現している乾漆十大弟子像は、どれも見ていてちっとも飽きない。

そして、5年ぶりの再会となった八部衆
インドの異教の八つの神を表した立像は、それぞれにキャラクター性のある立ち姿と表情が魅力的だ。
中でもやはり、阿修羅像の3つの顔の表情は見事としか言いようがない。
守護神としての性格上、阿修羅像以外は武装しているところも、こういった立像には珍しく、好きな要素でもある。

どれも好きだけれども、特に好きなのは迦楼羅像沙羯羅像
明らかに一人だけ人間じゃない、ユニークな迦楼羅像は、以前、上野で見たときもとても心に残った。
怖い顔をしているけれども、人々に害を与える悪を食い、幸せを与えてくれる神様だ。
そう思うと、人間離れした異様な姿さえ、なんだかユーモラスで好感が持てる。

沙羯羅像は、その表情がなんだか頼りなさげで悩ましげなところが好き。
龍の神様なのだけれど、気弱で優しそうな感じ。

阿修羅像のお顔はかなり「キリッ」としていて、いわゆるイケメン顔。
八部衆の中でスター扱いなのも頷ける。
姿形も一番目を引くし、戦いを繰り返した過去を懺悔しているというバックグラウンドもあって、阿修羅像だけは武装していない。

いつまで見ていても飽きない八部衆。
5年ぶりに再会できて、とても嬉しかった。
奈良まで足を運んでも見る価値のある国宝館。
奈良に来る度、ここに来てしまいそうな気さえする。本当に素晴らしかった。
[PR]
by norlie | 2014-11-27 21:08 | ぷらっと関西 | Comments(2)
 
紅葉の錦、神の随に@奈良公園
東大寺の大仏殿から徒歩数分。奈良公園の敷地内、若草山の麓の高台に二月堂という建物がある。
約1200年もの間、連綿と受け継がれてきた、奈良の早春の風物詩『お水取り』。
その際に、燃え盛る松明がこの建物の欄干に掲げられる。
見晴らしがよく、西向きなので夕日や夜景の名所としても知られている。

e0048530_15482693.jpg

東大寺境内には、二月堂の他、三月堂(法華堂)、四月堂(三昧堂)と、月の名で呼ばれる建物がある。
これらは全て行事が催される旧暦からとられていて、二月堂は旧暦2月の『お水取り(修二会・しゅにえ)』、三月堂は3月に行われる『法華会』、四月堂は4月に『法華三昧』が行われることから付いた名なのだそう。

傾斜地に、正面がせり出すように建つ二月堂は、一見2階建ての建物に見える。
実際は、2階に見える部分が建物の本体で、1階に見える部分は床下の支えになっている。
木組みの柱と貫で建物を支える、伝統的な『懸造り』と呼ばれる建築技法。
これは清水寺も同じで、観音様をご本尊とする本堂に見られる造りなのだそうだ。
なるほど、清水寺に少し似ている。
屋根の下にせり出した高欄には、幾つもの灯籠が吊るされ、まるで舞台のよう。

二月堂の高欄に上がると、眼下に奈良市内が一望できた。
秋の午後の長閑な日差しのもと、母と二人、奈良まで来たんだねえとしみじみ黄昏れ、景色を味わった。

e0048530_15562159.jpg

法華堂から春日大社へ向かって歩き始めると、左手すぐのところにひっそりとした神社があった。
何となく足が向いて入ってみると、境内の一角に『菅公の腰掛け石』と書いてあり、そこには和歌が一句、刻まれていた。

このたびは 幣もとりあへず 手向山
紅葉の錦 神のまにまに


「この度は急な旅路で供え物もなく参りましたが、錦のごとくに美しいこの山の紅葉を、神の御心のままにお受けください」
現代語訳が自然に心に浮かんだ。
平安時代の古文を読める訳では決してなく、単に知っている歌だった。
菅家、すなわち、学問の神様で有名な菅原道真公が詠んだ歌で、百人一首の歌の一つだ。

小学校の頃、部活動とは別にクラブ活動と言うものがあって、百人一首クラブに所属していたことがある。
百人一首が何かも知らないまま、仲のいい友達にくっついて入って、ほとんど毎週"かるた遊び"をしていたような感じだったが、一応、両手で数えられるくらいの僅かな歌だけは覚えた。
結局、百人一首の札を買うこともなく辞めてしまったが、覚えた歌だけは、何年経っても不思議と暗唱できる。

この歌の最後のフレーズ"まにまに"という言い回しが可愛くて、小学校のときは「まにまにの歌」と呼んでいた。
"まにまに"が"随に(そのままに、心のままに)"という意味であることを知ったのは、高校生の古文の授業のとき。
こんなところでこの歌に出会えるなんて。

e0048530_16224895.jpg

この歌に出て来る手向山は紅葉の名所。
歌に詠まれている当時の手向山がどこを指すのか、正確にはわかっていないそうだが、菅原道真公が奈良に立ち寄った際に詠ったものだと言われている。
「お供えするものはないけれど、この美しい紅葉が供え物です」と、お地蔵さまに語りかける道真公の図が、私がこの歌に思い描くイメージ。
そんなウィットの利いた道真公の振る舞いが、なんだか朗らかで好きだなと感じる歌だ。

10歳の頃に出会った歌にこんなところで再会できるなんて、なんだか20年来の旧友に再会したような気持ち。
境内を彩る紅、黄、緑の木々はとても風情があり、まるで錦のように、私達の来た道と往く道を飾っている。
1000年以上も昔、百人一首を詠った人々が暮らした土地に、私は今立っている。
そう思ったら、とても感慨深かった。

"もみじの錦、神の随に"
1000年以上経った今も、ちゃんと共感できる菅原道真公のウィット。
心にしたためて、歩いていきたい。
[PR]
by norlie | 2014-11-23 21:37 | ぷらっと関西 | Comments(2)
 
やっぱりお尻を追いかけて@奈良公園
e0048530_0161753.jpg

11月上旬、紅葉の見頃を向かえる少し前に、奈良へ行ってきた。
色付き始めた若草山は、そこかしこに真っ赤な紅葉が枝を垂れ、秋の風情たっぷり。

一昨年来たときは、奈良に滞在できる時間は4時間くらいだったので、春日大社と東大寺だけを巡るショートコースだった。
大仏様や南大門の大きさに驚き、奈良公園を闊歩する鹿の大群に歓喜し、可愛い子鹿のお尻を追いかけ、タイムアップ。
「奈良って結構好きかも」と惜しみながら帰宅。

今回は奈良滞在なので、帰りの時間を気にする必要もない。
昼前に奈良に到着し、たっぷり半日以上かけて、奈良公園近辺を楽しめる。

e0048530_23342616.jpg

今回一緒に旅をしてくれたのは母。遠路はるばる青森から奈良まで来るのはこれが初めてのこと。
『大人の修学旅行』らしい感じになるように、名所は押さえて歩くことにした。
前回、私が来たときは時間もなかったので、バスやタクシーを活用する旅だったが、今回は時間もたっぷりあるので、なるべく自分の足で歩いてみることに。
前もって奈良駅・奈良公園一帯の地図を見てきたが、日頃、横浜や鎌倉を歩いている距離を鑑みると、十分歩けそうな感じ。
前回は見られなかった二月堂や法華堂など、新たに見たいところもあるので、奈良公園一帯をぐるりと歩くことにする。
私も母も健脚には自信があるほうなので、たぶん大丈夫。

e0048530_2247139.jpg

まずは、東大寺へ。
つい一昨年来たばかりなのに、大仏殿や南大門の大きさにはやはり驚いた。
真下から見上げると、15階建てのビルくらいはあるような気がする。
後ろのほうで誰かが「世界最大の木造建築なんだよ」と言っていた。知らなかった!

でも改めて見ると、こんなに巨大な建築物なのに、大仏様には随分窮屈そうに見える。
『不思議の国のアリス』で、アリスが大きくなって部屋につっかえているシーンを思い出した。
頭すれすれに天井があって、少し動こうものなら、おでこをぶつけそうだな・・・とどうでもいいことが気になった。

そういえば、この東大寺の大仏様、正式名称・盧遮那仏様の手の形は、『施無畏与願印』という形なのだそうだ。
前回来たときは知らなかったが、あれからたまたま見つけた旅雑誌の1ページに載っていて、それが役に立った。
手のひらをこちらに見せている右手が『施無畏印』で、人々に対して「畏れなくてよい」と緊張を和らげる意味を持つ。
そして、左手を差し出して、上に向けている形が『与願印』と言って、文字通り「願いを与える(叶える)」という意味。

こんなに窮屈そうなお部屋で座りっぱなしなのに、「畏れないで。あなたの願いを叶えましょう」と言ってくれている。
心なしかお顔も優しそうに見える。
大仏様は御心が広い。

e0048530_0182366.jpg

奈良公園の鹿は可愛い。
一部、荒っぽい雄鹿もいるが、子鹿と雌鹿は本当に愛らしい。
動物園の鹿コーナーにはさっぱり惹かれないのに、なぜだかここへ来ると鹿がとても可愛く見える。

奈良公園の鹿の愛らしさに一目惚れしてから、今回の旅でも鹿と触れ合えるのを楽しみにしてきた。
とは言え、うっかり鹿の群れの中で餌を見せようものなら、一気に取り囲まれて追いかけられるのは必至。
買った餌はビニル袋に入れて、ポケットに忍ばせて歩き、単独行動している鹿とだけこっそり戯れて歩いた。

ちょっと面白かったのは、鼻先のすぐ傍に、餌が入っているポケットがあるのに、鹿が全然気づかないこと。
視覚的にはすぐ餌に気づくのに、匂いではあまりわからないらしい。
鹿の嗅覚がいまいちなのか、鹿の餌が大して匂いがしないのか・・・。

e0048530_0354844.jpg

このお尻の可愛さ! このお尻に会うために、奈良に来たと言いたい。
ふわっふわの白い毛に、申し訳程度にぴょこっとついた短い尻尾。
このお尻に前回もメロメロでした! 今回も然り!!

お尻がこんなに可愛い生き物はアヒル以外には知らない。
奈良公園に来ると、私は鹿のお尻ばかり追いかけている気がする。
ああもう、本当に可愛い。幸せ〜!!

私が奈良でしたかったことの一つは、やっぱりこの子達と戯れること。
めっちゃ癒された〜!!
[PR]
by norlie | 2014-11-16 00:52 | ぷらっと関西 | Comments(2)
 
宵闇の大阪城@大阪
初日は明石、2日目は奈良ということで、宿泊地は大阪にした。大阪・京橋。
大阪城公園のすぐ近くのホテルだったので、せっかくだからとライトアップされた大阪城を見に出かける。

白く浮かびあがる大阪城。
そして濠に映る、ゆらめく大阪城。
宵闇に浮かび上がる白が凛々しい。

e0048530_1473188.jpg

22時過ぎにも関わらず、公園内は比較的静かで治安が良かった。
城の周りでは子供が遊んでいる。観光客だろうか。

京橋のホテルから大阪城天守閣まではかなり歩くのだけれど、こんな時間にも関わらず天守閣の真下まで行けるのがすごいなあと思った。
そしていざ、真下から見上げると、大きい。そして白い。

e0048530_1495453.jpg

今年2つ目の城。以前見た松本城とは印象が大分違う。
あちらはとても古風で実直な感じがした。信頼できる武士を見ているような。
一方、大阪城は真っ白くて近代的で、華やかだ。成功した武士って感じ。
なんというか、ガンダムとかが隣に立っていても違和感がないくらい近代的。
あるいはホテルのように現代的で、丸の内にあってもよいのではないかという上品な風情。
時代と共に、少しずつ進化している城なんだろうか。

私が大阪市民だったら、この城が誇らしく思うだろうなと思った。
実際はどうなんだろう?
知っているようで良く知らない大阪という町。
この凛々しい城が地元の人にも愛されているといいなあと思うことしきり。
[PR]
by norlie | 2012-11-28 22:52 | ぷらっと関西 | Comments(2)
 
こたつとホスピタリティ@明石
今回、関西を訪れたのは、実を言うと奈良が主要の目的ではない。
昨年、明石の友人にお子さんが生まれた。大切な友達の第一子ということで、是非会いに行きたいとずっと思っていた。

だから、今回の旅の主目的は彼女と彼女の娘さんに会いに行くこと。
奈良は雨だったが、明石を訪れた日は絶好の晴天で、恵まれた太陽の下、久しぶりに大学の友人達が集まった。

e0048530_1233474.jpg

まずは、友人オススメのお店で海鮮料理。
明石は港町なので海産物が美味しい。なんと言ってもやっぱりタコ!
私はお刺身のタコが苦手で、普段は食べないほうなのだけれど、明石のタコはびっくりするくらい柔らかくて、苦手な私も美味しいなと感じてしまう。
海産物が新鮮で美味しいのは港町ならでは。新鮮な海鮮丼に舌鼓を打ちながら、集まったのはやれ何年以来だ、あのとき以来だと盛り上がった。

彼女のお家へ向かうと、途中で彼女のお母さんがお孫さんを抱いて迎えに来てくれた。
普段は一緒に暮らしていないけれど、今日は東京から私達が来るということで、お母様もいらっしゃってくれたのだ。
お家には旦那さんも待機してくれている。夕方には私達のために明石焼を買いに出てくれるという。
有り難いやら申し訳ないやら、気を遣って「私が代わりに買いに行くよ!」と言うと、「いいのいいの、せっかくきてくれたんだから」と笑ってくれた。

e0048530_1312469.jpg

彼女のお家に入ると、暖められたこたつが一つ。
どうぞ皆中に入ってと促され、ぽかぽかのこたつに脚を入れる。
こたつの上にはみかん。

ああ、あったかい。
身体も心もぽかぽかする。
彼女の家族が総出で歓迎してくれているのが分かる。
そして、同じ一つのこたつの中に入って、迎え入れてくれるこの感じ。最高のホスピタリティ。

久しぶりの会話に花を咲かせながら、もうすぐ1歳になるお嬢さんと遊ぶ。
初めは怖がっていた感じだったけれど、一緒にこたつに入っているうちに自然に仲良くなった。
彼女が笑う度に、皆の顔が綻ぶ。子供とこたつには不思議な魔法がある。

お母様が神戸の風月堂で買ってきてくださったお菓子を頂きながら、お腹も心も満たされた。
食べて遊んでおしゃべりして、そうして夕方には旦那さんが明石焼を買って来てくれた。
できたて熱々の明石焼。これだけは絶対食べたいねと言っていた明石名物。昨年に続き二度も食すことができるなんて。

e0048530_1353314.jpg

昔からこたつのあるお家が大好きだ。
"幸福はわが家の暖炉で育つ"
イギリスの劇作家ダグラス・ジェラルドが言った言葉にはいつも大きく頷いてしまう。私の場合、"わが家のこたつで育つ"。
そんなこたつのあるおうちで、すくすくと幸福が育っているのがすごくわかった。

こたつと、彼女の家族皆がくれたホスピタリティ。
温かいもてなしにじ〜んときながら、ほくほくした気持ちで帰途についたのだった。
[PR]
by norlie | 2012-11-25 22:20 | ぷらっと関西 | Comments(6)
 
彼女のお尻を追いかける@奈良
e0048530_0355851.jpg

奈良の観光の中心になるのが、東大寺などの主要な仏閣がある奈良公園。
とても広い公園で、総面積は約660ヘクタール。東京ドーム100個以上の面積が県庁所在地の真ん中にあるというのだから、これには驚く。
この時期、奈良公園は朱色、黄色、黄緑色と紅葉が美しい。

そんな奈良公園といえば鹿。約1200頭いると言われている。
園内に鎮座する春日大社の神使とされ、神聖視されている鹿達。
鹿せんべいが好きなので、餌付けされているのかと思いきや、奈良公園の鹿は基本的には野生の鹿らしい。

高校生の頃、修学旅行で奈良に来たとき、印象に残っているのが鹿に追い回された記憶だ。
取り囲まれ、追い回され、頭突きされ、鞄を引っ張られ・・・。
その厚かましさが結構怖かった。そんな思い出。

そんな鹿について、今回の旅でわかったことがある。
凶暴なのは一部の鹿だけで、大半の鹿はのんびり気ままでおとなしい。そしてとても愛らしい。

e0048530_014916.jpg

奈良に着いて、一番最初に向かったのが奈良公園の奥にある春日大社。
春日大社とその周辺にある春日山原始林は1998年に世界遺産に登録された場所。修学旅行ではここへは来ていない。
時折真っ赤な紅葉が地面を赤く照らしていて、雨の雫がより一層それを濃く見せていた。
秋雨の紅葉。とても綺麗。

長い参道を歩いて行くと、時折、鹿が森の中で悠々と過ごしているのが見えた。
近づくと、怯えて逃げることはないものの、すり寄ってくるふうでもない。
あら? 印象と違う。
もっと「餌をくれー!!」という感じで頭突きして来たり、鞄をひっぱってくるイメージだったのに。

これはもしや和解できるのではないかと思い、春日大社前のお店で鹿せんべいを買ってみる。
参拝者の迷惑になっては行けないので、少し離れた森の中にいた群れの子鹿にこっそり鹿せんべいを差し出してみた。
すると、じっとせんべいを見つめるものの、食べようかどうか迷っているそぶり。
明らかに警戒している様子なので、せんべいを割って投げてみた。すると、警戒しながら近づいてぱくっと食べた。
この子鹿はまだ人間に慣れていないらしい。
何度かそれを繰り返したら、私の手からも直接食べるようになった。だがそれでもまだ、おずおずとと言った感じだ。

大人の鹿達が寄って来たので、彼らにも鹿せんべいをあげてみる。
ゆっくり近寄って、私の手からぱくっと食べた。だが、頭突きしてくる様子もなく、じっと私のほうを見るばかり。
立ち去ろうとすると、トッコトッコと後をついてくる。
決して追いかけてくるわけではなく、ついてくると言ったほうが正しい。服を引っ張られることも、頭突きされることもなく、「この人はもう少し餌をくれるんじゃないだろうか」という感じで後をついてくる。

e0048530_0164677.jpg

春日大社周辺の森にいる鹿は皆、大体そんな感じだった。
決してアグレッシブに人間を追いかけ回したりはしない。
動物らしく少し警戒しながら、距離を保ちながら近づいて来てくれる。
奈良公園の芝生周辺にいる鹿も同様だった。春日大社の森の鹿よりは人間にもすり寄って来たし、直接手から餌をもらうのにも大分慣れている様子だったが、心地よい距離を保ってくれる感じ。

そうやって多くの鹿を観察したところ、東大寺周辺の鹿がやや異質であるように感じた。
東大寺周辺では、歩道付近にたくさんの鹿せんべい屋さんがあり、その前を待ち構えるように鹿達がスタンバイしている。
餌を買った客どころか、餌を買ってもいない通行人さえも追いかけ回し、鞄を引っ張る。
私も、鹿を忘れて、南大門を一生懸命写真に収めていたところ、急にぐいっと胸ぐらを誰かにつかまれた。
えっ、と思って見ると、大きな牡鹿が私のコートの前をくわえて、ぐいっと引っ張っていたのだ。
そのとき、私は餌を持っていなかった。持っていなかったのに!!

どうも東大寺周辺の鹿は、観光客慣れしているせいか、餌に非常に貪欲らしい。
一方で奈良公園内の他の場所にいる鹿や、春日大社の原始林にいる鹿は、もっと控えめでおとなしいように感じた。
修学旅行で来たときは、東大寺までまっすぐ行って戻って来ただけのはずなので、高校生の私を散々な目に遭わせた鹿達は、この東大寺の鹿だと思われる。なるほど。

私は初対面でアグレッシブに距離を縮めてくる人がすごく苦手なところがある。
面白いもので、鹿に対してもそうらしい。
ちょっと警戒されるくらいが心地いいのだ。初めて会ったばかりなんだもの。警戒して、距離をとってくれるほうがいい。
まずは天気の会話から始めて、少しずつ近づいて来てほしい。控えめなコミュニケーションから始めたいから、コンパとかパーティとかは全く向かない。
急にぐいっと距離を縮めようとされると、驚いて後ずさってしまう。そうではなくて、時間をかけてゆっくりと知り合うのが好き。
時を経て、ふと「ああ、いつのまにかこんなに近づいたのね」と気づくくらいが丁度いいと思う。
人間も鹿も、私の好みは一緒ってことかと思うと、やや苦笑。

e0048530_0553780.jpg


控えめな鹿達とゆっくりと距離を縮めて、くらっときてしまった魅力がある。
それは、彼らのお尻がとっても可愛らしいこと。
鹿のお尻はふわっと白くなっている。濃い褐色の毛が少しあって、真ん中には申し訳程度の短い尻尾。
これがまたとっても可愛いのだ。形の良い脚と相俟って、とても魅力的。
以前、他の方のブログで鹿のお尻の可愛さを拝見したときにもきゅんとしたのだけれど、実物を見ると、これまたいっそう胸がときめく。

色々な鹿のお尻を比べたところ、やはり若い鹿のお尻が一番可愛い。でも若過ぎると、白いふわっと感がまだ足りないような感じがする。
そして牡鹿より雌鹿のほうが綺麗だと思う。

そんなわけで、若い雌鹿のお尻を「可愛い!」と言って追いかけ回す私。
こんなに可愛いお尻の動物はきっと他にいないと思う。(これに続くのはドナルドダック!)

鹿の魅力をたっぷり味わった奈良公園。
奈良にはまだまだ一日では回りきれない魅力がたくさんあるようなので、きっとまた来ようと思った。
京都を経由すると意外と近いことがわかったので、これからはもっと気軽に来られるはず。
ならまちや平城京跡、吉野山や薬師寺など、まだ見たい場所がたくさんあるので、次回が楽しみだ。
[PR]
by norlie | 2012-11-20 22:35 | ぷらっと関西 | Comments(2)
 
大人の修学旅行@奈良
修学旅行の定番と言えば、奈良と京都。
私の通っていた高校も、ご多分に洩れずその2都市だった。
ただし、自由行動があった京都とは違い、数ある寺を次々連れ回された奈良はかなり印象が薄い。
覚えているのは、薬師寺のお坊さんの説教が少し漫才混じりで面白かったこと — 関西とはお坊さんまでもがノリツッコミなのかと心底感動した —、そして奈良公園で鹿に追いかけ回されたこと。
しかも、前者はつい最近まで、なぜだか薬師寺は京都の寺だと思い込んでいたし、後者は「鹿=見かけによらず凶暴=怖い」と思い込みだけが残って映像は何一つ浮かばない始末。

本当に修学旅行甲斐のない高校生だったのだなあと、この齢になって反省するも、
「田舎の高校一年生なんて、神社仏閣より買い物!都会で買い物がしたかったのよ! 大仏より友達や好きな男の子なわけですよ!!それが高校生って年頃でしょ!」
・・・と、友達に熱弁しながら、高校生の頃を思う。
そう、高校生の頃は神社や寺になんて興味がなかった。それよりも京都の四条通で買い物できるほうが嬉しかったし、友達と四六時中一緒に過ごせるほうがわくわくした。
それはそれで、きっととても健全で、必要な青春時代だったんじゃないだろうか。

そんな青春時代は過ぎ去り、私ももう立派な大人。
いまや神社や寺を訪れるのは大好きだ。
そんな、古都を十分に楽しめる年齢になった今、再び奈良を訪れることにしたのだった。

e0048530_22432564.jpg


東大寺南大門。
16歳の頃、確かにここへ来ているはずなのに、スケールの大きさに度肝を抜かれる。
お、おっきーい!!
あれから数ある神社仏閣を見てきて、東大寺南大門が大きいほうだとは知っていたけれど、せいぜい鎌倉の建長寺の門くらいかと思っていたのだった。記憶違いも甚だしい。

東大寺南大門といえば、教科書にも出てくる運慶さんと快慶さんが作った『金剛力士像』が有名。
日本史が苦手な私でも答えられるくらいベーシックな問題に出てくるやつだ。
右に吽形、左に阿形。吽形("うん”ぎょう)は、その発音通り"ウン!”と口を閉じているほうで、阿形("あ"ぎょう)は、こちらもその発音通り"ア!"と口を開けているほうなのでわかりやすい。

そこまではよかったのだけれど、いざ見てみてびっくりした。
「うそ! こんなにおっきいの!!?」
そして、
「え!! 木でできてるの!!?」

せいぜい大きくても4〜5メートルくらいかなと思っていた。が、明らかに3、4階建ての建物くらいはありそうだった。
説明を読んでみると、なんと8.5メートル。そんなに大きかったのか。
そして、『金剛力士像』という名前のイメージで、金でできていると思っていたことも誤りで、金剛力士像は木像なのだった。金剛力士というのは、仏教の守護神の固有名なのだそうだ。
奈良にて味合う、無知の知。私って何も知らないんだなー。

e0048530_2304863.jpg


門をくぐってさらに進むとついに見えてくるのが東大寺大仏殿。
ここが有名な大仏様がいる建物で、拝観料を払って入ることになる。
南大門の大きさもさることながら、この大仏殿もまた異様にでかい。
奈良のお寺って本当にスケールが大きいなあ。

まだ紅葉には早いと言われていたけれど、訪れてみるとあちらこちらの木々が色付いていた。
いいときに来たなあと思いながら、紅葉とお寺の景観を楽しむ。
東大寺の庭には紅く色付いた紅葉がたくさん見て取れて、行き交う人もまた秋の色合いを楽しんでいるようだった。

e0048530_2361688.jpg


大仏殿内、中央にいらっしゃるのが東大寺の大仏様。
ここで再び「おっきーい!!」という感嘆が飛び出た。
大きい。とても大きい。こんな巨大なものを昔の人はどうやって作ったのだろう。
大きいとは知っていたし、心の準備もしてきたけれど、その大きさは私の予想をかなり上回っていた。
鎌倉の大仏よりは大きいと思っていたけれど・・・ここまでとは。

大仏殿内は静かで厳かなのかと思いきや、たくさんの観光客で少し賑やかだった。
驚いたのが撮影可能であったこと。入る前にいそいそとカメラをしまったのに、大仏殿内ではたくさんの人が写真を撮っていて、様子をうかがってみるとどうやら三脚さえ使わなければ良いらしい。
奈良のお寺はおおらかだなあ。

賑やかな大仏殿の片隅にあるベンチに座って、しばらく大仏様を見上げ続けた。
とても穏やかな顔。大きさの割に全く威圧感はなくて、スケールの大きさはそのまま大仏様の心の大きさのようにも思えた。
手の平は人一人寝そべることができるくらい大きく、西遊記で孫悟空を手のひらに載せていたあれは、実スケールだったんだなあと驚く。

大仏殿内では、大仏様の周りをぐるりと一周できるようになっており、裏側では大仏様の身体と、その光背がどのように支えられているかを見ることができる。
大仏様と言えどやはり支えは必要。支え、支えられているからこそ、そこに在る。それは人間と一緒なわけです。

e0048530_2323382.jpg


奈良では生憎の雨だったのだけれど、土砂降りという訳ではなく、静かにしとしとと降り注ぐいかにも秋雨といったものだった。
濡れていっそう濃い褐色になった木造の建築物と、濡れた地面に風情があって、ああ、こういうのも良いかもと思えた。

帰りは東大寺ミュージアムに併設されているカフェ『茶廊・葉風泰夢』でひと休み。
日餅(にっぺい)という、中国の月餅に似た菓子を頂いた。
窓の向こうに色鮮やかな黄葉が見え、雨がしとしと降るも、カフェの中は暖かい。
日餅の甘さがふわりと口に広がって、ハーブティーと一緒にゆるりと溶けていく。

高校生以来の奈良。
確かにここへ来たことがあるはずなのに、まるで初めてのように驚きの連続だった。
記憶なんて当てにならない。写真や日記みたいなものが残っていれば別だが、記憶にしか残っていないものなんて極めて適当なんだろう。

そんな記憶の中にも、大切なことは無意識に残るらしい。
なんとなく、奈良に行きたいなとずっと抱いていた気持ち。
高校生の頃、奈良で過ごした時間は覚えていないなりにも楽しかったのだろう。
そのぼんやり残った好印象がきっと今日、私をここへ連れて来たのだと思う。
時を越えて、場所を越えて。
[PR]
by norlie | 2012-11-17 23:48 | ぷらっと関西 | Comments(6)
 
京都ひとり旅
10月に実家へ帰省する前、京都で過ごした。
休暇の始まりは、どこか旅の気配が漂う"ホーム"ではない場所へ。
それから、いつも会えない遠くの友達と過ごせる場所へ。
そう思って選んだ京都の町。

早朝から"伊右衛門サロン"でお茶漬けを食べてのんびり。
いつも思うのだけど、福寿園のお茶は甘さと香りが独特でいつもはっとする。
同じ緑茶やほうじ茶なのに、普段私が飲んでいるものと全く違う味がして、「ああ、旅だ」ってわくわくしたり。

京都に来たときはいつも福寿園のお茶を買って帰る。
だけど、最近はしばらく買いにこられなくて。
10月のはじめ、少し仕事が大変だったとき、関西に住む友人がここのお茶を送ってくれた。
「大変そうだけど、お茶を飲む時間くらいはゆっくりできるように」と、手紙が添えられていた。
本当に嬉しくて、ああ、友達って宝だなあとしみじみ思う。

e0048530_19271449.jpg


休暇に入る前、京都出身の同僚が、六角通に私が好きそうなお店がある、と教えてくれた。
"ROKKAKU"という名前の小さなお店には、オリジナルの紙製品がたくさん並ぶ。
葉書や便箋、封筒や名刺。紙の感じも、小さなイラストも本当にセンスが良くて、すっかり気に入ってしまった。
写真は、こちらのお店で買った舞妓さんの絵柄のカード。
移り変わる四季を背景に、舞妓さんと猫が歩く。
とても素敵なデザインで、「秋」のカードは早速アイルランドの友人へ送った。

もう一つの写真は"香り印籠"という雑貨。
香水を染み込ませた布を印籠の中に入れると、ほのかに香るんだそう。
香りに関する雑貨はもともと好きなのだけれど、それ以上に"印籠"の形にドキドキして手に取ってしまった。
時代劇ものを見るとわくわくするのは昔からの癖です。

ゆったりとした朝ご飯。
早朝のお寺での祈り。
京都の町中に溢れる美味しい甘味処と和菓子。
町家でのものづくり。
川べりに座ってぼーっとする時間。

京都はほんとうに良いところ。
[PR]
by norlie | 2011-11-13 19:29 | ぷらっと関西 | Comments(14)