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New Year's Resolution 2015
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2015年、あけましておめでとうございます。
今年もマイペースに、心に残ったものを綴っていけるといいなあと思います。

"kihachi à suivre"というブログの名前の"à suivre"という部分は、フランス語で「続く」という意味です。
もともとSustainability(持続可能であること)の考え方が好きだったこともありますが、この言葉をタイトルにしたきっかけは、昔見たテレビ番組でした。
日本人の俳優さんがフランスのある家族の元にホームステイするという企画で、そのホームステイの数年後に再会したときのワンシーン。
フランス人のお母さんが、その日本の俳優さんを含む家族写真を収めたアルバムの最後を、ある言葉で書き換えたのです。
センスのいいデコレーションが施された家族アルバムの最後の1ページに、お母さんが書いた言葉。
それが"à suivre"でした。

「"終わり"じゃなくて、"続く"だったのね」

嬉しそうな笑顔と朗らかな言葉が、とても素敵だなあと思ったことを覚えています。
シンプルだけど、その言葉にはたくさんの意味がこめられているように感じました。

季節の巡り、日々の暮らし。大切な人達と過ごす日々。
友人や出会った人達との、一期一会のその先。
自由に旅する人生。
続いていきますように。そんな願いと志をこめて、この言葉をタイトルにしました。

そんな"続く日々"を今年もマイペースに綴っていきたいと思います。

<2015年の目標>
  • 季節と共に暮らす
  • 海や山の近くへ旅をする
  • 花を飾る
  • "ないもの"より"あるもの"に目を向ける
  • 箱に入らず、ゆっくり話す

旬の食べ物、旬の景色、季節の花や自然、暦の行事を大切に。
海や山の近くに出かけて、自然の中でのびのびしたい。
花を飾る、というのは、何年もやりたくてやってこなかったことだから。
一つ、活用したい花瓶があるのです。
それから、"ないもの"よりも"あるもの"。
小さなことではありますが、昔買った本を読み返す。昔買った楽譜をもう一度弾いてみる。
語学やピアノ、編み物など、自分の昔からの趣味や特技をもっと磨いてみる。
相手や環境に足りないと思うものよりも、相手や環境が持っている長所に目を向ける。
身近な場所をもっと訪ねてみる、などなど。

そして、「自分」という箱に入らず、自分の都合も相手の都合もちゃんと考えて物事に向き合いたいという思い。
また、緊張するシーンや難儀なシーンで、つい早口で話してしまう癖があるので、なるべく自分の声の調子を聞いて、ゆっくり話したいと思います。

最後にもう一つ。
昨年、英語の一言日記を書こうと思って始めたのですが、忙しい平日になかなか書く気になれず、ついには途中で放り出してしまいました。
・・・ので、今年は、少しハードルを下げて、週中と週末に1回ずつ英語の一言日記を書くことにしました。
楽しんで書けるように、写真もつけて、instagramでやってみることにしました。
これを一年間ちゃんと続けられるといいな。
http://instagram.com/norlie1224

今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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by norlie | 2015-01-12 12:19 | Diary | Comments(4)
 
年の瀬のご挨拶
雪の横浜から始まった2014年のブログ。
日々の暮らしや旅先で出会った風景をつらつらと書き綴りながら、今年も無事、変わりなく過ごすことができました。

毎日、美味しいご飯を頂けること。
気のいい仲間達に恵まれ、働く場所があること。
過ごしやすい街、暖かな家で暮らせること。
時々ふらりと旅に出られること。
そして一番は、家族や友人が共にいてくれること。

当たり前のようで当たり前ではないことに、改めて感謝する日々です。
2014年の総括として、この1年を少し振返ってみたいと思います。

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<旅>
今年は、充実した旅をたくさんできた年でした。
旅好きな私は、毎年のように色々な旅にでかけます。
どの旅も本当に素晴らしくて、いい出会いがあって、もう一つの人生があって、かけがえのない思い出になります。

その中でも、今年の旅は、故郷・青森を巡る旅が多かったように思います。
そして自分にとって、小さなチャレンジを重ねた旅でもありました。
今までやってみたかったけれどもやってこなかったこと。
行きたかったけれども行ってこなかった場所。
会いたかったけれども会ってこなかった人。
そんなことを一つ一つ、実行した旅でした。
みちのく潮風トレイルの踏破、階上岳の登山、竜飛崎や十三湖を訪ね、何年も交流のある人生の先輩にやっとお会いできた旅。
もう何年も忘れていた、チャレンジすることの楽しさ、達成感、勇気を思い出しました。

そして秋には念願の母との関西旅行をできました。
京都や奈良を母と一緒に歩くこと。
自分が京都や奈良へ行く度に、いつかきっとと思ったことをやっと実現できました。
写真に残る自分達の笑顔を見ると、楽しい旅が思い出され、「よし、次はどこに行こうか」と、未来に向かう気持ちが生まれます。

春には初めての富士山の旅もしました。雄大な富士山を前に、日本の素晴らしさを感じた旅。
秋田では初めての大衆歌舞伎を観劇し、鬱金桜という不思議な色の桜と出会ったりもしました。

旅はいつも出会いでいっぱい。景色、人、食べ物、歴史、文化。
共に旅したパートナーとは絆が深まり、その後も思い出話に花が咲きます。
"Life is a journey towards the guiding light."
旅は人生の道標。今年もたくさんのいい旅をできたことに感謝。
来年も手を取り合って、良い旅ができますように。勇気を持ってその一歩を踏み出せますように。
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<暮らし>
日々の暮らしもシンプルに、堅実に、送ることができたように思います。
季節のものをたくさん食べる、というのが個人的な食の目標でしたが、夏以降はあんまり意識できなかったかも。
レシピのレパートリーはあまり増えませんでした。いつも同じものを作っていたような。
残業とのバランスをとりながら、お弁当生活も続けたおかげで、自分の好きなもの、健康に良いものを意識して食べられたように思います。
でも、いつも同じおかずのローテーション。たまには見た目にも楽しいお弁当を作りたいなあ。

それから今年はあまりピアノの練習ができなかった。
それに、語学の勉強や仕事関係の勉強もあまりできなかった。
どれも自分にとってはライフワークのようなものなので、来年はもっと目標を持って取り組みたいです。

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<仕事>
あまりブログに仕事のことは書かないのですが、今年は大切なことを学んだような気がするので。
1つは苦手だと思っていた人との距離が近づいたこと。
苦手だと思っていた人達がいたのですが、言い方とか態度とかそう言うものばかりに目を向けず、彼らが何を目指しているのか、どうしてそういう風に言うのかに目を向けてみました。
そうしたら、実はチームのこと、お客様のことを本当に良く考えてくれていたこと、同じ志を持っていることに気づくことができた。
表面的なもののせいで勝手に抱いていた苦手意識を取り去って、同じ志を持つ仲間として対するようにしてみました。
そうしたら、彼らとの距離が大きく縮まった年でした。
表面的なものじゃなく、もっと奥深いところに目を向けること。
箱に入らず、決めつけず、ゼロの位置から接すること、信頼すること。そう言うことを学びました。

もう1つは、共に大きなPJを乗り越えた後輩を送り出せたこと。そして、新しい2人の素敵な後輩を育てられたこと。
技術やスキル、業務の仕方を教えること以上に、自己肯定感を伸ばすことの大切さを逆に教わったように思います。
新卒の若手を育てることは減り、代わりに中堅メンバを育てることが多くなってきたけれど、どの子も皆可愛い、そして頼もしい後輩達。
弟が1人、妹が3人。皆それぞれ個性があり、自慢の後輩達です。
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このブログには、私の日々の記録が綴られています。
楽しいこと、嬉しいこと、印象に残ったこと、美味しかったもの、好きなもの。

そして、ブログを通じて交流のある方々、ブログ仲間、コメントをくださる方々。
誰かの暮らしや誰かの旅、誰かの人生と、交流を持てるのがブログの楽しさだと思います。
誰かの笑顔や、誰かが見つけた素敵な場所や、美味しいものから、元気をもらいます。有り難いことです。

一年間を無事に過ごせたこと、共に手を取り合った人達に感謝します。
皆様にとって新しい年が希望に満ちたものになりますよう。
どうぞ良いお年を!楽しいお正月を!

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by norlie | 2014-12-28 17:14 | Diary | Comments(4)
 
かえるさん kawaii
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友人への誕生日の贈り物を探していて、偶然見つけたのがこの"かえる"の置物。
葉山ガーデンというお店を歩いていたら、蛙を擬人化したような、ちょっと人間らしい仕草と表情のかえるさんが目に入って、一目惚れしてしまった。

色々な種類のかえるさんの中で、一人(いっぴき?)のかえるさんが石の上で読書をしていた。
贈り物相手の友人は大の読書好きなので、幸せそうな顔でゆったりと本を読むその姿がすぐに重なった。
"この表情、彼女も気に入ってくれるんじゃないか。少しくすっと笑って、優しい気持ちになれるんじゃないか。"
"でも、もしかしたら、爬虫類とか両生類が苦手かもしれない。そういう話を聞いたことはないけれど、見るのも苦手って言う人もいるしなあ。"
もやもやと色々考えながら、店内を行ったり来たり。
悩んだ末に、自分の勘を信じて、そして彼女と長年過ごした感覚を信じて、その"石の上で本を読むかえるさん"を買ったのだった。
他のプレゼントと一緒に、袋の片隅にひっそりと入れて、送ることにした。
そして自分用にも、お揃いで"石の上で本を読むかえるさん"ともう1種類のかえるさんを買って帰った。

先日、そんな彼女にやっとプレゼントを渡すことができて、幸い彼女はとても気に入ってくれたと便りをくれた。
「かえるが最高」と言ってもらえて、ああ、やっぱり感覚を信じてよかったと思うことしきり。

彼女に渡すまでは、ブログにも載せまいと思っていたので、やっと今日、私のうちにいる、お揃いの"かえるさん"も解禁できる日がきた。

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"石の上で本を読むかえるさん"は、うちのテーブルの上に鎮座しており、いつものんびりと読書をしている。
ふとしたときに目に入ると、そのゆったりとした表情に私まで癒される。
たまに、自分もお揃いで本を読む。石の上ではないけれど、ソファの上で、同じような体勢で。

もう一人(いっぴき)の"かえるさん"は、石の上ですっと上を向いて立っているかえるさん。
これは愛用のMacのところに置いていて、今も、ブログを書く私のことをまっすぐに見上げている。
たまに目が合う。
すると、かえるさんは、口角をあげて親しみやすい顔をしていて、私も笑顔になる。

2014年の夏、うちへやってきた二人(二匹)のかえるさん。
これからも末永く、うちで一緒に過ごしましょう。
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by norlie | 2014-08-30 20:05 | Diary | Comments(8)
 
携帯電話
1月下旬のある土日、携帯電話のスピーカーの調子が悪いことに気づいた。
電話のとき、相手の声が随分聞き取りづらく、ノイズのような音が入るようになった。

私の携帯電話は長年使っているガラケー。
メールと電話ができればよく、高機能で高額なスマートフォンに変える理由が見つからないので、今回も機種サポートを利用して、同じ機種に交換するか、修理してもらうつもりだった。
ところが、お店に行って事情を説明したところ、私の携帯電話は型が古すぎて、もう修理や交換が難しいとのこと。

昔から、携帯電話には一つだけこだわりがある。それは"ストレート携帯"。
折りたたみの携帯が好きではないので、ずっとストレートの機種を使っている。
だけど、昔に比べてガラケーの機種がぐっと減ってきた昨今、昔でさえ、1、2機種くらいしかなかったストレート携帯は当然店頭にあるわけもなし。
がっくり肩を落とし、お店の人や、会社の友人に色々相談した結果、スマートフォンに変えることにした。

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残念ながらスマートフォンのことはさっぱりわからないので、「電池の保ちがいい」「今までのガラケーでできたことはできてほしい」という2つの要望だけ伝えて、お店の人に選んでもらった。
Androidの機種を勧められた。店頭に並んでいる機種の大半は、画面が随分大きい。
Androidは大きめなのが普通なのだそう。iPhoneのサイズを予想していたので、少し戸惑ったが、確かに説明を聞くと、私の希望にはそちらのほうが合っていそうである。
お店の人に、「これ、片手で操作できます・・・?」と聞いてみると、対応してくれた男性店員さんは「できますよ〜」と軽々操作してみせてくれた。

でもね。
男性と女性だと、手の大きさが違うじゃないですか。
そこのところに気づいてくれない店員さん。
私の手は標準より大きいほうだけれど、それでも届かなかった。
持ち方に慣れていないから?とそのときは思ったけれど、やっぱり普通に届かないことはあとでわかった。

そんなこんなで、うちへやってきたスマートフォン。
ガラケーとは違うフリック入力にはまだまだ慣れず、メールを書くには随分時間がかかる。
だけどせっかく縁あって私の元へ来たスマートフォンなので、これまでのガラケーと同じように、大切に使っていきたいと思うことしきり。

大きすぎると思った画面は、片手では操作できない代わりに、写真や画像が随分鮮明に、綺麗に描写できる。
カメラの性能がよく、以前のガラケーよりずっときれいに写真が撮れる。
旅行先では大きな画面で地図を見ることもできる。
きっとものすごいポテンシャルを秘めた子だと思うので、焦らずゆっくりと、馴染んでいきたいなあと思っている。

長年一緒に旅をし、手に馴染んで大活躍してくれた携帯電話さま、おつかれさまでした。
そして、新しくやってきたスマートフォンさま、これからどうぞよろしくお願いします。
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by norlie | 2014-02-28 22:58 | Diary | Comments(8)
 
おうちごはん、そしてバレンタイン
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最近、寒い日が続いているせいか、家での食事が圧倒的に多い。
スーパーへ行ってみると、この季節には珍しく、トマトが大袋で売っていた。
今週は久しぶりにトマトをいっぱい食べて、栄養をつけようと買って帰った。

寒いので鍋物が多いのだけれど、同じくらいパスタもよく食べる。
よく食べるのはジェノベーゼと、筍の山椒風味パスタ。
筍+山椒の組み合わせがとても好きなので、ついついいつも食べたくなって作ってしまう。

熱々の生姜スープをつけて、サラダも添えれば、立派に美味しいランチになる。
家でのご飯は、自分の好きなものを好きな味付けで食べられるところがとても良いと思う。

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2月15日。関西に住む友人から、チョコレートと手紙が届いた。
彼女とは大学生の頃からチョコレートを交換している。
きっかけは大学生の頃。一緒に遊んだとき、何気なく、チョコレートを交換したのが始まり。
それが翌年、翌々年、そうこうしているうちにもう10年近く、毎年欠かさずチョコレートを送り合っている。

誕生日のように、毎年の習慣になっていて、関東と関西に遠く離れてしまった今も、彼女は毎年素敵なチョコレートをくれる。
今年はいいからね、気を遣わなくていいからね。
そういいながら、結構楽しみにしている。
彼女もそうならいいなと思う。

大雪のために1日遅れ、2月15日。今年はドゥバイヨルの可愛らしいチョコレートが届いた。
ドゥバイヨルは、箱のデザインがとても可愛らしく、チョコレートもおいしいので、私の特別お気に入りのブランド。
彼女はこれまでもよくドゥバイヨルのチョコレートをくれたのだけれど、今年はいつもと違う箱で、これまたとても素敵なデザインだった。
食べ終わったら何を入れようか、わくわくしてしまうような、そんな箱。

この習慣がとても大切なのは、チョコレートだけじゃなく、一緒に手紙が添えられてくるから。
昔と違って、年に一度会えるかどうかという今、手紙に綴られてくる彼女の近況や、ちょっとした出来事をいつも心から楽しみにしている。
センスのいい便箋に、見慣れた彼女の筆跡。
メールでは決して表せない、柔らかい言葉と時間がそこにある。

紅茶と一緒に、宝石のように愛らしいプラリネチョコレートを一粒一粒頂く。
手紙を読み返して、彼女らしいエピソードに胸が温かくなる。

大学生の頃の私達に伝えてあげたい。
「チョコレート交換、今も続いているよ」って。
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by norlie | 2014-02-22 09:24 | Diary | Comments(4)
 
豆まき
2月3日は豆まき。一応、ここ数年は欠かさず豆まきをしている。

もう5、6年近く前、関東では、節分で大豆を投げるのだと知って驚嘆した。
私の地元は、豆まきと言えば、落花生を投げる。
日本全国そうだと思っていたら、ある日友人と話しながら、普通は大豆を投げるらしいことを知って愕然とした。
色々な地方出身者にも聞いてみたが、落花生を投げるのは、どうやら北海道と東北の一部だけらしい。

落花生のほうが、味のない大豆より絶対おいしいと思うし。
落花生なら、年齢の分だけ食べるとき、大豆の2倍食べられるし(うちでは殻ごとカウントするルールなので)。
雪の上や床に落ちても、殻に入っているので汚くないし。
すごく合理的なんだよ!

そう熱弁を振るい、落花生で豆をまくことの利点を一生懸命語った私。
地域の違いって面白いね、と大らかに受け入れてくれる友人。
それから、久しぶりに豆まきでもしようと、ある日スーパーに行ってみて思った。

こちらのスーパーの節分コーナーは大豆ばかり。
落花生も片隅に売ってはいるが、大袋に入ったファミリーサイズしか売っておらず、こんなに落花生を食べきれる自信はない。
それに、落花生なら大豆の2倍食べられるけれども、今の私は実家にいた頃のような子供じゃないわけで。
30代になった今、うちの実家ルールの落花生カウントだと、ピーナッツ60個!多すぎ!
そして、大都会のマンションの上から豆まきするとして、落花生のような大きなものを投げた日には、近所迷惑、通行人迷惑もいいところでは・・・?

いろいろ思案して、結局でん六の大豆小袋を買って帰ったのだった。
子供の頃から節分では当たり前だった落花生。
横浜へ来て、ついに大豆を買ってしまった。

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それからここ数年は、毎年大豆を投げている。
通行人や近所のご迷惑になってはいけないので、人のいない空き地のほうに向けてごく少量を、窓から撒く。
「鬼は〜外!福は〜うち!」。
恥ずかしいので、声も小さく、ひそひそ呟く。
あとはベランダに向けて少し投げ、翌朝鳥に食べてもらおうと、手すりに集めて置いておく。
都会の豆まきは気を遣う・・・。
そう思いながら、年齢の数だけ、大豆をちびちび食べる。
いつまで食べてもなかなか食べきれない量である。

良くないものが出て行き、福がうちへやってくるよう。
そんな願いをこめて、今年の2月3日の平日の夜も、残業帰宅後の23時55分、ひっそりと豆まきをした。
残った大豆は、2月いっぱいかけて、ちびちび食べている。

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大豆は味気なくて、食べていると口が渇くけれど、最近、お茶のお供にぴったりだと分かってきた。
雪を眺めながら、大豆をつまみ、お茶を飲む日々。意外と悪くない。
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by norlie | 2014-02-16 00:30 | Diary | Comments(2)
 
たこ焼きパーティとトランプ遊び
先日、友達4人でたこ焼きパーティをした。
昼に駅で待ち合わせをして、スーパーで材料を買って、友達の家へ。

家主の友達は、一人暮らしなのにたこ焼きプレートを持っていた。
一人暮らしでなくても、たこ焼きプレートが家にあるというのはすごいと思う。
たこ焼きって家で作れるんだ!というのが、馴染みのない私には新鮮このうえない。
関西方面の出身の子はわりと持っているものなのだろうか?
土鍋的な感覚なんだろうか。

何はともあれ、私にとっては日頃、買わないと食べられない(そして、1パックではいつも物足りない)たこ焼きをお腹一杯食べられるのだから、とても嬉しいことしきり。
今日は普段あまり食べられない、葱たこ焼きや、ポン酢たこ焼きを食べたいなと思っていた。それもお腹いっぱい。

家主本人も含めて、私以外の3人は関西方面の出身なので、皆たこ焼きの準備が手慣れている様子。
紅生姜をみじん切りにしたり、鉄板に油を塗ったり、お出汁を作ったり、皆手際が良い。
そんな中、作り方を知らない私は、全然関係のないサラダ係ということで、一人黙々とレタスをちぎっては、暇を見つけて写真を撮って過ごした。

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やがて準備が整って、たこ焼きを焼き始めると、プレートが大きくないので、あっという間に食べ終えてしまって、どんどん次を焼く感じになった。
そこでも3人はおしゃべりしながら、笑いながら、どんどん手際よく焼いてくれて、丸い綺麗なたこ焼きができていくので、見ていて楽しい。
そして、もちろん食べても美味しい!
私は、紅生姜が大好きなので、ちょっと多めにしてもらった。

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そんな感じで、見てばかり、食べてばかりをさせてもらっていたら、「自分で焼け!」と言われ、竹串を持たされた。
焼けって言われても・・・。
なぜ、半球型のプレートであんなに綺麗なまんまるたこ焼きができるのか。
見よう見まねで突いたり、くるくる回してみたら、見事に形崩れのぐにゃぐにゃ焼きになり、友達からは「本日最低の出来(笑)」と言われた。

そういうわけで、たこ焼きを焼くのはやっぱり皆にお任せして、美味しくて形の綺麗なたこ焼きをお皿に取ってもらって、食べる係に徹することに。
唯一お手伝いできることとして、タコを投入する係をさせてもらった。
やがて、タコを食べ尽くしてしまい、生地だけが残っていたので、チーズ&ウィンナーや、チョコレートといった変わりたこ焼きを作った。
どれもそれなりに美味しかったけれど、私はやっぱりたこ焼きが好きだ。

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一通りを食べ終え、のんびりおしゃべりを楽しんだ後、「何かゲームをしよう」ということに。
でも、友人のお家にはゲームの類いが何もなく、4人でトランプをすることにした。

トランプなんて何年ぶりだろう。
大富豪(大学時代にバイト仲間に教えてもらって以来、ルールを忘れてた)をやってひとしきり盛り上がり、その後はベーシックなババ抜き、七並べ。
その後は、友達の一人が「誕生日」というトランプゲームと、「芋掘り」というトランプゲームを教えてくれて、また皆で盛り上がった。
最後は、別の友達が「ウィンクキラー」という、心理戦っぽいトランプゲームを教えてくれて、これもまた、かなり面白く、長いこと盛り上がった。
トランプってこんなに色々ゲームの種類があるんだなあと、ちょっとびっくり。
でもとても楽しかった。

夜もすっかり更けて、日付が変わる頃まで、結局ウィンクキラーで盛り上がって、帰りは終電。
まるで修学旅行の宿で過ごしたような休日だった。
女友達4人が集まって、恋の話には一つも花が咲かず、トランプやって数時間過ごすなんて笑ってしまったけれど、私にはそういう気楽な関係のほうが合ってるなあと実感した、冬の初めの楽しい休日でした。
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by norlie | 2013-12-08 20:15 | Diary | Comments(6)
 
都会の緑のオアシスへ@浜離宮恩賜庭園
汐留の高層ビル群のどれかに上がると、眼下に緑溢れる広大な庭園が見える。浜松町や新橋も同様だ。
こんな高層ビルの下にどうしてと思うような、広大な緑の敷地の向こうには、東京湾が見える。
浜離宮恩賜庭園という場所だと知ったのは、このすぐ近くに勤めていた4〜5年前だっただろうか。

浜離宮恩賜庭園は、かつて徳川家の大名庭園、明治以降は皇室の離宮として使われ、現在は東京都が管理している。
なかなか広大な敷地で、園内には林のような場所も多数ある。
港区とは思えないほど、水辺には何羽も白鷺が舞っていた。

園内の水場は全て海水を引いている。
日本庭園に水辺はつきものなので、それだけならふーんと思うだけなのだが、なるほど海水ということで、潮の満ち引きがあるのだそうだ。
満潮時と干潮時には池の風景が少し変わるらしい。

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庭園内にはいくつかの茶屋が復元されており、私達もその一つでお茶を頂くことにした。
池を臨む茶屋には、屋外のテーブル席があり、そちらで抹茶と生菓子のセットを頂いた。

久しぶりの生菓子。この優しい甘みとしっとりとした舌触り、日本人で良かったと思うことしきり。

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園内には、今が季節の彼岸花があちこちの芝生からすっくと生えていた。

彼岸花の群生は、艶やかで美しい。
蜘蛛のような繊細の形、血のように艶やかな深紅。
美しさに心惹かれながらも、近づきすぎるのを少しためらってしまう花である。

でも今日は、のどかな浜離宮恩賜庭園で出会ったせいか、広い芝生にニョキニョキ生える彼岸花の群生は、なんだか艶やかというより、賑やかで愛らしく見えた。
松の足下に、ちまっと咲いていて、周囲の草の丈が短いせいか、びょーんと飛び出ている。
ちょっとユーモラスだった。

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江戸時代から変わらぬ庭園が、今の時代も生き続け、人々に愛されている。
大名やら皇室といった高位の人達の場所は、今は市井に解放され、誰もが入れる場所になった。
周囲を高層ビルに囲まれながら、白鷺に出会える日本庭園。不思議なギャップのある場所です。
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by norlie | 2013-10-19 12:30 | Diary | Comments(8)
 
New Year's Resolution 2013
あけましておめでとうございます。

昨年もブログを通して、楽しい言葉、温かい言葉、たくさんの心に残る言葉を頂きました。
特に、病気が発覚した夏、色々な方がくださった思いやり溢れる気遣いや励ましには、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
今でも、一つ一つのコメントや、友人達が寄せてくれた言葉を読む度に、胸がじんわり温かくなります。

小さな生活ながらも、一歩一歩。
新しい一年、またよろしくお願いいたします。

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年末年始、今年はカレンダーが良かったので、一週間近く帰省することができました。
八戸は、年末年始に大雪が降ることは少なかった気がするのですが、今年は寒波に雪にと真冬日が多い毎日。
久しぶりに北国の冬を味わった一週間でした。

雪が多いので、子供の頃以来の雪だるまを作ってみようと外に出たのですが、よく見るとさらっさらのパウダースノー。
太平洋側に降る雪は乾燥しがちです。特に氷点下が続く毎日だったので、雪に水っけがなく、なかなか固めることができないのでした。
この雪質はスキーをするには最高だろうと思いながら一生懸命固めるも、手袋についた雪は2、3度払えば、綺麗に落ちてしまうような粉雪具合。
水でも持ってこようかと思ったのですが、そうこうしているうちに体温はどんどん奪われていき、外にいるのもままならない刺すような寒さから、逃げるように家の中に入りました。

そんなわけで雪だるま叶わず、我が家の前には小さな雪ん子が一人。
草の眉毛をつけて、佇んでおりました。

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横浜へ戻り、一週間。
休みボケから少しずつ回復しながら迎えたこの週末、朝起きてゴミ出しへ出るとびっくりする光景が。
大きな牡丹雪が空から降っていました。

東京、横浜にて初雪の一日。
こちらは雪が降った日でも氷点下になることはなく、やんわり優しい寒さです。
珍しい横浜の雪景色。今日がお休みの日で良かったなあと思いながら、こたつから窓の外を眺めています。

* * * * * *

2013年の目標。

・バランスよく生きる

仕事とプライベートと旅。
どうしても仕事にばかり傾きがちな日々ですが、今年はこの3つのバランスをきちんととって暮らすことを心がけたいと思います。

また、この3つだけではなく、日々の様々なこと(周囲との関わりや自身の成長、趣味や暮らし方、気持ちや心がけ)においても、いつも"バランス"を意識しながら、過ごしたいと思います。

天秤が大きく傾いたら、きちんと力を抜くこと。
あるいは、反対側に力をかけること。
天秤の動きにきちんと気づくこと。

・自分の中に軸を持つ

社会的、経済的にはだいぶ自立して生きられる大人になって来たものの、精神的にはまだ色々な人に依存してしまうことがあることに、最近気づいてきました。

自分の中にしっかりとした価値観や主軸を持って、寛容さを持てるようになりたいです。
頑になる、というのとはまた違う意味合いで。

丁度、風見鶏のような軸があるといいなあとイメージしています。
そして、"Roots before Branches" — 枝を伸ばす前に根を張ること。

そこから、世界へまた一歩、腕を伸ばしていけたらいいなあと思います。
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by norlie | 2013-01-14 12:08 | Diary | Comments(4)
 
風邪と捻挫と病気と、そして旅。
6月初め、ひどい風邪を引いた。
そして、偶然受けたエコーと血液検査で、病気が見つかった。

この病気とは全く関係ないのだが、7月初めに左足を捻挫した。
痛くて、びっこを引いて歩く毎日。
身体も不調。足も痛い。気分も滅入った。

へこんだり、悩んだり、開き直ってはまた落ち込んだり。
色々な浮き沈みを繰り返しながら、毎日が過ぎた。
MRI検査や諸々の精密検査を受けた。大きな病院で、なかなかすぐに事が運ばないのには慣れている。

捻挫をしてから数週間が過ぎた。
それでもまだ足は痛いままで、相変わらず歩きづらい。

こういう病気や手術というのは自分にとっては初めてのことだったので、なんというか、初めはどんどん不安になった。
悪いほうへ悪いほうへ考えてしまって、気づくとその病気に関する情報を携帯やらインターネットやらで必死に集める始末。
するとなぜだかどんどん悪い内容ばかりが引っかかっていって、どんどん心が沈んでいった。
そんなことはおかまいなしに、毎日会社へ行っては山積みされた仕事やミーティングの時間が、逆に救いだった。仕事に集中していれば、病気のことは考えなくて済む。時間もあっという間に過ぎて行く。

7月末。まだ足が痛い。
捻挫って、二週間で治ると思っていたよ・・・。

8月初め、諸々の最終結果が出た。
手術をするのにもリスクがあり、しないのにもリスクがあるとお医者様は言う。
幸い、今のところ生死が関わるような最悪の事態ではないだろうということがわかってきた。
だが、お医者様によると、私の年齢では部分切除の手術をしても高確率で再発するとのこと。何度も手術を繰り返すことになるだろうとのことだった。
全摘出すれば、この病気自体は改善するが、この年齢でその選択をした場合、他のデメリットもたくさんあるのだそう。
一方で、このままの状態が続けば、低確率だが激痛を伴う腹膜炎を起こす可能性もあるらしい。

結局いろいろな可能性を考慮した結果、しばらく投薬治療を受けることになった。いわゆる保存療法というものだ。
色々な副作用が報告されている薬なので不安もあるが、完治はしないものの、この薬で改善される可能性があるらしい。この薬で改善されれば、手術は悪性化のリスクが上がる40代になってから。この薬で駄目なら、近いうちに手術しましょうとのこと。

この薬で改善するようであれば、少なくとも十年近くはこの薬を飲み続ける事になる。運が悪ければ副作用とも付き合わねばならない。
改善しなければ、手術になる。何度か受ける事になる。
うーん、なんというか、負の選択。

現在、自分にはほとんど症状がないため、「放っておいたらだめですか?」と聞いてみた。
お医者様はもちろん、「駄目です、悪化しますよ」という。
だって、今が一番元気なんです。ベストなんです、私。
そう思ったところではたと気づいた。そうか、年を重ねて、ベストな時期は過ぎ去ったということか。

諦めて、薬を飲み始めて6日目。
やはり副作用で目眩と頭痛が出てきた。幸いまだ他の副作用は出ていない。
目眩と頭痛も比較的軽いような気がする。

このまま病気が悪化するかもしれない。
副作用はどんどんひどくなるかもしれない。
やりたいこともできなくなるかもしれない。
行きたい場所にも行けないかもしれない。
毎日、つらい思いや苦しい思いに苛まれるかもしれない。

かもしれない、かもしれない・・・と念仏のように唱えながら、ふと我に返った。
いやいや、私まだ症状がないわけですよ。副作用だってまだ軽い訳ですよ。

まだ起こっていないこと、起こると決まった訳でない事を憂えるのは自分の悪い癖だ。
世の中には、運次第な事、時間しか解決できない事がある。
そういうものは、運と時間に任せておくことにしよう。

治療には、希望もあればリスクもある。
それは生きていればいつだって隣り合わせにあるものでもある。
自己管理をきちんとして、落ち着いて向き合っていければいいと思うようになった。
何もかも今まで通りにはいかなくても、何もかもを諦めることはない。心配しすぎる必要もない。
少し欠陥を抱えながらも、身体は頑張ってくれていると思う。症状はずっと軽いほうなのだから。

そう思ったら、心が軽くなった。
週末、久しぶりにどこかへ行こうかなと思って天気予報を見たら、兼ねてから行きたいと思っていた上高地に、抜群の晴れマークがついていた。
よし、上高地に行こう。

服は1日分。簡単な日焼け止めと薬とカメラを鞄に入れる。スニーカーを履いて、時刻表を印刷する。
ホテルは行きの電車の中で、携帯電話でとればいい。

そうしてこの週末、旅に出た。行き先は松本、そして上高地。
お腹の中に病を抱えて、それでも身体はまだまだ楽しんで来なよと言っている・・・気がする。

気がつくと、足の痛みが消えていた。
病気の事ばかり考えていて気づかなかった。捻挫が治ってきたのだ。
捻るとまだ痛いけれど、確実に痛みは引いていて、普通に歩けるようになっている。

心が軽くなって、足が治ったのか。
足が治ったから、心が前向きになったのか。
どちらが卵でどちらが鶏かは分からないけれど、そんなふうにして悶々とした2ヶ月は急に終わった。

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by norlie | 2012-08-06 00:12 | Diary | Comments(12)