もしも人生をやりなおせるなら / ナディーン・ステア hondana
書店で久しぶりに絵本を買いました。
タイトルは『もしも人生をやり直せるなら』。
数十年前、アメリカに住む85歳のおばあちゃん、ナディーン・ステアが書いた"If I had my life to live over"という詩を和訳し、可愛らしい絵を添えた本です。

85歳のおばあちゃんが書いた「もしも人生をやり直せるなら、どんなふうに生きたいか」。
ナディーンさんは、作家でもなく、ふつうの平凡な女性だそうです。
詩の中でもこんなふうに書いています。
「ごらんのとおりわたしはごくふつうの人間です。
いつだって、どんなときでも、コツコツまじめに生きてきました。」

「こんどはもっとたくさん失敗したい」「よけいなチカラをぬいて、いつもリラックスして暮らす」「そして、おかしなことをたくさんする」のように、もしも人生をやり直せるならどんなふうに生きたいかが綴られています。
自分に置き換えたとき、どれも共感できるものばかりでした。

ちょっと面白かったのは「好きなだけアイスクリームを食べ、豆ばかり食べるのはよそう」という一文。
ナディーンさんは、健康のために無理して豆を食べてたのでしょうか。詩の中にまで書くほどに。
時代や土地柄もあるのかもしれませんが、そう思ったら、ナディーンさんの率直な気持ちが面白かった。

そんな感じで、ワンセンテンスずつ素敵な挿絵と共に、綴られています。
挿絵も本当に可愛らしく、おっとり優しい、そしてちょっと可愛らしい絵になっていて、素敵です。
また、絵本になっているので、自然と、詩の一編一編をゆっくり味わえること、それがよかったです。
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詩の中に出てくる多くの言葉に共感するのですが、特に好きなのは、
「もうなんでも深刻にうけとめることはやめる」
「きっといまよりも問題は増えるかもしれない。でも、頭の中だけの心配事は減るだろう」
です。わりと心配性で、何でも深刻に考え込んでしまいがちな自分は、色々妄想を膨らませてしまうこともしばしば。
「頭の中だけの心配事は減るだろう」と言う言葉に、そのとおりだなあと思ってしまいました。

これが「30歳の人が書いた」だったら、きっとこんなに共感できない気がします。
なんというか、85歳と言うその年齢ゆえか、この詩に綴られる一つ一つにとてもリアリティーが溢れているような気がしました。
読む側も真摯な気持ちになってしまう。85歳のおばあちゃんから、話を聞くときのように。

毎日、仕事や家事に追われていると、ついつい流されるままの日々を過ごしてしまいがちです。
そんなとき、この本を読むと「私が85歳になったとき、もしも人生をやり直せるならどう生きたいだろう」とふと思いを巡らせます。そうすると気づいたときには、日々の雑事より大切なことを少し思い出せる気がします。
自分の人生で大切にしたいこと。やりたいこと。心を向けたいこと。実現したいこと。

本の最後には、原語(英語)の文章が載っています。
原語を読むと、和訳と異なるニュアンスの文章もたくさんあって、そちらも楽しめました。
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夏は部屋で香を焚くことが多く、香の香りに包まれながら、のんびりソファの上でナディーンさんの文章を読んでとてもリラックスできた気がします。
頑張りすぎないで、心配しすぎないで、深刻にならないで、ただ、人生を楽しめばいいのよ。
そんなナディーンさんからのメッセージを受け取ったような気がします。

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# by norlie | 2015-06-28 01:44 | Books
 
紫陽花と海街diary
前回から約3ヶ月ぶりの更新になってしまいました。
仕事がとても忙しく、終電帰りの生活に休日出勤や徹夜も何度かあり、毎日とてもくたくたでした。
平日は会社と家の往復、土曜は夕方まで寝て、日曜にたまった炊事洗濯を・・・と言った感じで過ごしていたら、あっという間に3ヶ月。
秋まではこの忙しさが続きそうなのですが、こんな心身共に疲れ果てた生活はいかん!と思い立ち、先週は鎌倉へ行ってきました。
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この時期、鎌倉と言えばやっぱり紫陽花。鎌倉が最も混雑する季節。
土曜日だったので、大混雑必至の明月院や長谷寺は避け、二階堂方面へ行くことにしました。
鎌倉宮から瑞泉寺へ向かう途中に、色とりどりの紫陽花が綺麗に咲く場所があり、久しぶりにそちらへ足を延ばしてみることに。
自然豊かな瑞泉寺の山の中でのんびりしてこようというのがもう一つの目的。
鎌倉宮から瑞泉寺にかけては人が少なく、時々通る車に気をつけながら、一つ一つの場所でゆったりと鑑賞できました。

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瑞泉寺は、鬱蒼と茂る山奥に建つお寺。
寺のある一帯は紅葉ヶ谷という場所にあります。
山々に囲まれた鎌倉では、山筋が複雑に入り組み、山の麓に細長い谷のような土地が多く、こういった場所を"谷(やつ)"と呼ぶそうです。(ブラタモリでやってた)
比企谷、扇ヶ谷など、鎌倉には"谷"とつく地名が多いのですが、この瑞泉寺一体もこれまで知らずに「もみじがだに」と読んでいました。
正しい読み方は「もみじがやつ」だそうです。

まるでジャングルのようにシダが生い茂る山の中、苔むした階段を登っていくと名刹・瑞泉寺に到着。
境内はとても自然豊か。手入れされた庭と、手の入らない山の自然が隣り合って、風光明媚な景観にとても癒されました。
庭の片隅に、すっと茎を伸ばした桔梗が咲いていて、これまたとても優美。
桔梗には、なんというかとても日本的な美しさがあって好きです。控えめで芯の通ったしなやかさというか。
青紫色の花は涼やかで、夏が来ると和の涼感を与えてくれます。

瑞泉寺ではうぐいすを始め様々な鳥の鳴き声が聞こえてきて、とても心地よかったです。

山奥まで来た甲斐があると言うもの。

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紫陽花って良く見ると、同じ西洋品種でも随分違う。色合いはもちろん、花弁の形、花の大きさ、本当に様々。
手鞠のような紫陽花が道往く人に向かって、目一杯花を咲かせている姿は、梅雨の鬱陶しさを払ってぱっと明るい気持ちにさせてくれます。
紫陽花を見ると、雨が好きではない私もなぜだか「梅雨も悪くない」という気持ちにさせられます。
これでしっとり濡れた葉の上を、カタツムリが歩いていたりすると最高なのですが・・・最近カタツムリがいません。カタツムリはいずこ?

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金沢街道を鎌倉駅へ戻る途中で、道を逸れて必ず寄る場所があります。それが妙本寺。
こちらも比企ヶ谷(ひきがやつ)という、山に囲まれた場所にあります。
妙本寺は本当に静かで、本堂の隣の木々を揺らすリスの音が随分目立つくらいでした。
気の通ったとても良いお寺。ここでのんびりするのが本当に好きです。

こちらは拝観料がなく、
志納のお寺なので、二天門と本堂にそれぞれお賽銭を納めます。
境内はいつも本当に綺麗に保たれていて、手入れをしてくださっているお寺の方へ、感謝の気持ちが自然に沸いてきます。
これからもよろしくお願いしますという気持ちでお納めしました。

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妙本寺ではヤマアジサイが見頃でした。
ヤマアジサイという品種を私は最近まで知らなくて、目にしてもそれが紫陽花だとは気づかないくらいでした。
子供の頃から「ほら、アジサイだよ」と教えられてきたものは実は西洋品種で、日本古来のアジサイはヤマアジサイやガクアジサイのほうなのだそうです。
中央の小花を取り囲むように装飾花が咲く姿は、清楚で優美。
西洋アジサイのような華やかさはなくても、桔梗と同じように日本らしい雅な美しさがあり、鎌倉の景色によく合うなあと思います。

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鎌倉の名刹と紫陽花をたっぷり満喫した後は、鎌倉を舞台にした映画『海街diary』を鑑賞。
原作は漫画で、友人が面白いと言っていたので、公開されたら観たいなあと思っていた映画です。
事前に原作を読んでから観たのですが、原作も映画とても良かった。

映画のストーリーは少し駆け足で進んでいくのですが、四姉妹が鎌倉で暮らす日々が丁寧に描かれていて、全編ゆったりとした雰囲気。
ラストは「あ、ここで終わるのか」と拍子抜けしたりしたけれども、『海街diary』という作品の性質を考えると、それも自然に思えました。
"diary"というタイトルが示すように、これは四姉妹の日常の物語。
起承転結として物語が終わるのではなく、人生のようにずっと続いていく物語です。
出会いや別れ、学生生活や社会人生活、そして家族の毎日、その中で紡がれていく小さな出来事、四季折々の風景。
三姉妹にもう一人の妹。何か大きな出来事があって、ぱっと家族になるんじゃなく、日々過ごしていく中で少しずつ家族になっていく。
とても心が癒される、良い映画でした。

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# by norlie | 2015-06-21 18:56 | ぷらっと鎌倉・湘南
 
牡丹と小鳥
2月の終わり、鶴岡八幡宮にある神苑牡丹園で冬牡丹が見頃だというので立ち寄ることにした。
牡丹園があることは知っていたが、まだ一度も入ったことがなく、庭園がどんな形なのか、どのくらいの規模なのか、よく知らない。
とりあえず、いつも座る源氏池の畔のベンチの傍に入り口があって、そこでチケットを買って入ることに。
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足を踏み入れてみると、寒空の下、華やかな色合いの牡丹が大きく花開いていた。
冬牡丹の見頃は1〜2月。終わりかけの時期だったが、十分綺麗で見応えがある。
牡丹には、春牡丹、冬牡丹、寒牡丹という3つの品種があるのだそう。
一般的には春に咲く春牡丹が最も有名で、他に、冬に咲くよう改良した冬牡丹と、二季咲きの寒牡丹がある。
冬牡丹と寒牡丹はよく混同されることが多いらしいが、実際は全く別の品種なのだとか。
この牡丹園の品種がどちらかはよくわからなかったが、寒い時期にもこんなふうに華やかな牡丹を見られるなんて、とても贅沢だなあと思った。
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この神苑牡丹園は、鶴岡八幡宮の源氏池の外周半分を取り囲むように作られた日本式庭園。
普段は反対側の畔のベンチに腰掛けて見渡していた景色を、違った角度から眺められるのもとても印象的だった。
頭の上から、聞き慣れない鳥の声がして、よく目を凝らしてみたら、ヒヨドリが何羽か止まっていた。
数羽いるあたり、この木が彼らの今の寝床なのかもしれない。
灰褐色の身体に、ちょっとふわふわっとした頭、くりくりした目。
花の蜜が大好きなこの鳥たちも、梅が咲き、やがて来る春の気配を感じて、きっと喜んでいるんだろうなあと思った。
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源氏池の木製の渡し通路に、ハクセキレイが1羽遊んでいた。
珍しくも何ともないけれども、私はこの子達がとても好き。
黒い頭に白い顔。小さな身体でちょんちょんと歩き、歩く度に尾羽を上下にふりふり。
英語ではセキレイを総称して"Wagtail"と言う。その名の通り、尻尾(tail)を振る(wag)小鳥。
1羽でいることが多く、都会でも田舎でも、人々の生活に気ままに馴染んでいる感じがとてもいいなと思う。

以前、ある冬の日、地元の田んぼの真ん中にある精米所に精米しにいった時、ガラス戸の外に1羽の小鳥が近寄ってきたことがある。
どうやらガラスごしの室内にある零れた米がほしいらしい。
床に落ちた米をかきあつめて、ガラス戸を開けて投げてあげると、ちょんちょん近寄ってきた。
さすがに警戒心が強く、手からは食べてくれなかったけれども、最終的には投げなくてもいいくらい目の前にきて米を食べるので、寒さも忘れてしばらくその子のために床に落ちた米集めに勤しんだ。

気の済むまでそうやって過ごして、車に戻ったら、外の車からそれを見ていたらしい父が「随分長いこと、セキレイと遊んでたなあ」と言った。
それで、ああこの鳥はセキレイっていうのか、と初めて知った。
それ以来、またセキレイと遊びたいなあと、その精米所を見るとちょっとむずむずする。

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帰り道、小町通りを歩いて帰る。
腸詰屋のバジルウィンナーを食べて、いつものコロッケを食べて、食べ歩きを楽しみながら、軒先を彩る春の気配をそこはかとなく感じた。
店先に飾られた花、帆布屋さんの雑貨の色柄、3色の達磨。
春になったら、ぽかぽかした日差しの下、またここを歩けるようになる。
ああ、春が楽しみだなあ。
次の春は鎌倉のどこを歩こうかとわくわくしながら、駅へ向かった。

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# by norlie | 2015-03-21 20:17 | ぷらっと鎌倉・湘南
 
東慶寺、梅見の春
2月の終わり頃、鎌倉で梅がほころんだという噂がちらほら聞こえてきた。
鎌倉では、2月の終わりから3月にかけて、多くの寺社仏閣に梅が咲く。
いずれも規模は大きくないが、そぞろ歩けば随所で花開く梅に出会える。
梅の便りを聞いてから一週間ちょっと待ち、そろそろ満開近くなってきたかなと思った頃に、ふらりと散歩に出かけてみることにした。

鎌倉の梅の名所と言えば、北鎌倉の東慶寺と二階堂の瑞泉寺、そして寺社ではないが十二所果樹園の梅林など。
この日は、ちょうど東慶寺の梅が見頃だと聞いたので、北鎌倉へ向かうことにした。

東慶寺の程近くにある、古民家を改装した食事処『蔵屋』さんで腹ごしらえ。
鎌倉野菜膳をいただいた。お野菜の天ぷらとけんちん汁が美味しく、また居心地も良くて思わず長居してしまう。

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けんちん汁で身体も温まり、お腹も満たされたので、東慶寺へ。
噂に違わず、東慶寺の梅は見頃を迎えていた。
参道を囲む両脇に、色とりどりの可愛い梅が花開いている。

ところで、「梅が綻ぶ」とはよく聞くが、「桜が綻ぶ」とはあまり聞かない。
綻ぶというのは、硬い蕾が解けるようにゆっくりと開いていくことを表現した言葉。
冬の終わり、春が近づくと、桜よりも桃よりも早く、一番最初に蕾が膨らみ始めるのが梅の花だ。
硬い蕾が、日一日とゆっくりとほどけて花開く様子を、今か今かと待ち望んで見つめる日本人の心が、「綻ぶ」という言葉にはよく表れていると思う。
待ち望んだ春がやっときた、その喜びが「梅が綻んだよ」という言葉にこめられている。
四季と共に暮らす日本人らしい、こういう日本語の繊細さは本当に素敵だなあと思う。

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一般的に、梅・桃・桜のなかでは、梅が一番最初に咲き、それに続いて桃と桜が咲く。
だからこそ、多くの人は、最も早く春の訪れを知らせてくれる梅を「綻ぶ」と言う言葉で表現するのだろうけれども、そんな日本人らしい「梅が綻ぶ」という感覚をちゃんと知ったのは、関東に出てきてからのことだと思う。
私の育った北東北や北海道では、梅・桃・桜がほとんど同時に咲くことが多い。だから、梅が最初に咲くというイメージがなかった。
普通は、桜よりも先に梅が咲くものなんだと、感覚的に知ったのは関東に来てからだ。

だから今は、「梅が綻んだ」と喜ぶ日本人の心がよくわかる。
梅が綻び、春が近いことを知る。近づいているとわかると、俄然楽しみになる。
春になったら何をしようかとしょっちゅう考え始める。
そして、街路樹の桜にピンク色の蕾が膨らみ、一斉に花が咲くと、「ああ、やっと春が来た」と思う。
花粉も一緒に来るけれども、まあ、それはそれとして、春が来るのは本当に嬉しい。
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東慶寺でひとしきり梅を堪能し、ぶらりぶらりと鎌倉方面へ向かう。
鎌倉街道の途中に、古い洋館を思わせる素敵な建物があり、洋菓子屋さんのティーサロンになっている。
ずっと入りたいなと思っていながらも、この道を通るときの満腹度の加減でなかなか機会がなかったのだが、今回ついにこちらに立ち寄ることができた。

もともと美術館だった瀟洒な洋館を改装したのが、この歐林洞の鎌倉本店。
建物の優雅な雰囲気も去ることながら、紅茶と洋菓子が美味しいと評判のお店でもあり、今回はこちらでダージリンティーとパウンドケーキを頂いた。
4種類の味のパウンドケーキはしっとりふっくらとてもおいしく、紅茶にぴったり。
また、紅茶も蒸らし加減をしっかりと測ってくれているようで、味がとてもよかった。
これは是非また来ようと思う。本当に美味しいアフタヌーンティーだった。
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鶴岡八幡宮を出て、若宮大路を歩いていると、「あら?」と思う光景に出会った。
これは、桜・・・?
たった今、梅を見てきたばかりなのだが、こちらはこちらで数本だけ桜のようなものが咲いていた。
通りを行く人も、「こんな時期に桜が咲いてる」と驚きながら写真を撮っていく。
河津桜や緋寒桜のように早い時期に咲く種類でもなさそうで、どちらかと言うとソメイヨシノに見える。
でもソメイヨシノにしては、時期が早すぎるよね、とその場にいる人達も皆困惑顔。

結局、ソメイヨシノが時期違いに咲いているものなのか、はたまた全く別の種類の桜なのか、そもそも桜ですらないのか。
答えは分からないまま、その場を離れた。
答えがわからなくても、綺麗なものは綺麗だし、ふわりふわりと咲くピンクの花を見ていると、嬉しいものは嬉しい。
春とはきっとそう言うものなのだと思う。

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# by norlie | 2015-03-08 18:44 | ぷらっと鎌倉・湘南
 
白鳥と八戸ランチ、思いがけない再会
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帰省の折、ふいに白鳥に会いたくなって、近くの白鳥飛来地に行った。
ここへ来るのはもう何年ぶりだか思い出せない。
数年前に、鳥インフルエンザ対策で餌やりが自粛されてから、飛来する白鳥がかなり減って、ほとんど来ない年もあったと聞いていた。
それもあって、白鳥はいないかもしれないと思いながらも、ほんの少し期待する気持ちを抱えて飛来地へ向かった。

池を覗くと、そこには期待していた白鳥達の姿。
粉雪舞う冬空のもと、白鳥達の賑やかな声に、思わず笑顔になる。
「お前達に会いたかったんだよー。よく来たねえ」
遠いシベリアの地から冬越えのためにやってきた渡り鳥達。どうしたってねぎらう気持ちでいっぱいになる。
久しぶりに聞けた賑やかな声に囲まれながら、楽しいひとときを過ごすことができた。

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帰省するといつも行く南部町のKEKU CAFE。
昨年改装して以来、営業時間が少し変わったりして、一時期ランチをやっていなかったそうなのだが、この秋より再びランチを再開したとのことで、食べに行って来た。
ここのガルガネッリが大好きなのだが、残念なことにランチでは2種類のパスタからしか選べないようで、この日はガルガネッリがなく食べられず・・・。残念。
でも生パスタもガルガネッリ同様とても美味しいので、お腹は満足。
この日は『南部太葱とベーコンの麹南蛮ソース』というパスタを頂いた。和風の麹ソースがまろやかでとても美味しかった。
食後はいつものカプチーノ。相変わらず、ラテアートが可愛い。

また、別の日に行った中華料理店『福満楼』では、ちょっと嬉しい、そして俄には信じがたいような再会があった。
お店に入って、接客をしてくれた店員さんの顔を一目見て、その既視感のある風貌にびっくりした。

それは2009年に出張で滞在した大連でのこと。
以前の記事(瑞祥茶庄@中国・大連)で書いた、友好広場の角にある瑞祥茶庄というお店には、日本語を話せる店員さん二人と店長さんがいた。
何時間も座ってお茶を飲みながらおしゃべりをしてくれて、本当に温かくて居心地の良い時間を過ごせた大好きなお店。
そのとき、その店員さん二人と店長さんと、記念に写真を撮らせてもらった。
その写真は今でもアルバムに大切に残っている。

八戸の行きつけの中華料理店で出会った店員さんの風貌は、2009年に大連の瑞祥茶庄で出会った店員さんそのままだった。
写真が手元にあって、度々見ていたから、見間違うとは思えない。
でも、2009年の冬に大連にいた中国人の彼女が、2015年の冬、日本の、しかもこんな片田舎にいるとも思えない。
当時の写真を持ち合わせていた訳ではなかったので、自分の記憶違いだろうかとも思ったが、それにしてもよく似ていた。
接客してもらう過程で、彼女の発音から中国人であることも分かった。
でもまさか、そんなことって。

勇気を出して、聞いてみた。まずは少し会話をして、中国の話をする。
もし人違いだったら、すみません、知り合いに似ていて、と言おうと決めて、この一言。
「大連のお茶屋さんで働いていませんでしたか?」

それからはお互い驚いたり喜んだりで大興奮だった。
やはりそのお姉さんは、2009年大連にて、私が一緒に写真を撮ったお姉さんだったのだ。
遠い異国で出会ったお姉さんと、こんなところで再会するとは思わず、本当にびっくり。そして、何より、とても嬉しい。
記念にもう一度一緒に写真を撮って、日本に来た経緯や名前を聞いて、「また来ます」と言ってお店を出た。

以前の記事(瑞祥茶庄@中国・大連)で私はこんなふうに書いた。

「思い出の人に会えてよかったですね」
いい思い出と再会した人の顔は、とても優しい顔になる。
そこに立ち会えたことに、少し感謝する。
私もいつか、この思い出と再会できるといいなあ、と思いながら、空港に向かうタクシーに乗り込んだ。


こんな形で、あのときの思い出と再会できる日が来るなんて思わなかった。
この世界には本当に信じられないような縁があるんだなあと思うことしきり。
日々、出会う人、出会うものを、これからも大切にしていこうと切に思う出来事だった。

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# by norlie | 2015-01-24 20:12 | ぷらっと青森