新・港村 / ヨコハマトリエンナーレ 2011
3年に一度開かれる現代芸術の国際展覧会『ヨコハマ・トリエンナーレ』。
先週、その連携プログラムとして、みなとみらいの新港地区で開催されている『新・港村』を観てきました!

『あらゆる国と種類のクリエイターが働く蜃気楼のような小さな未来都市』と銘打った新・港村。
トリエンナーレのメイン会場ではないので、人はぽつりぽつりとしかいなかったけれど、独特の静けさがあってアート鑑賞にはぴったり。
施設内は写真撮影OKとのことだったので、心に残った風景をおさめてきた。

会場は大きく4つのゾーンに分かれていて、入り口から順に、受付や冊子などがたくさん置かれている情報スペース、アート工房が集まるスペース、ギャラリーや図書館、シアターが置かれている鑑賞スペース、カフェと軽食を頂けるスペースとなっている。
どれも、『都市』というには小さい『スペース』といった感じ。

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情報スペースの片隅に、竹が立ち並ぶ小道を発見。(上の写真右)
この小道には木彫りのおもちゃや飾りが上から下までたくさん置かれていて、あるものは竹からぶらさがっていたり、あるものは天井に吊るされていたりする。道の床に設置されているものもある。
この道、立っているだけで本当に心地よく、椅子があったらずっと座っていたいくらいの場所だった。
というのも、それらの木彫りの飾りが時々独特の音を立てるようになっていて、カラカラカラ、カラン、コンコン、カラーンと様々な音を出すようになっている。(写真では、この音を表せないのが残念)
小さな木製品がそこかしこから不規則に、涼しげな音を奏でる。それは森の中で、ふいに自然が音を立てるのに似ていて、鳥の声や葉が落ちる音、水が流れる音のようで、とても心地よかった。

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3つ目の鑑賞スペースには、様々な資材で作られた動物が立ち並ぶ。
真っ白いペンギンの群れがとても可愛くて、写真をぱちり。カバや象、馬などもいて、どれも様々な素材で精巧にできているのが面白い。
工房スペースや鑑賞スペースのインスタレーションの中には、廃材で作られたようなものも多くあり、改めて"材"と言うものを考えてしまった。
廃材—不用のものとして廃棄された材—は、本当に不用なのか?
棄てる、使う、棄てる、使うを繰り返すこと。目的や形を変えて、連綿と続けていくこと。
だとしたら、この世界は「廻る」ということが鍵を握っているのかもしれないなあとふいに思った。世界も、歴史も、廻る、循環するのかもしれない。

…というように、静かな場所でアートと向き合うと、どんどん自分の中の宇宙が広がっていくのがわかる。
時折はっとして、持ってきた冷たいお茶を飲むと、現実に帰ってまた歩き出せる。悶々と解けない問題を考察してしまうのは私の悪い癖だから、どこかで歯止めをかけないと。
アートの力はすごい。人間の想像力、創造力のパワーは無限大。

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2時間くらい新・港村にて作品を楽しんだ後、帰る途中で、トリエンナーレの本会場である横浜美術館へも立ち寄る。
トリエンナーレの広告にも取り上げられているウーゴ・ロンディノーネ氏の作品『moonrise.east』が並んでいた。
全部で12体のこれらの像は、12の月を表しているとのこと。
どれも妖怪のような風貌だったけれど、1体1体に独特の表情があって愛嬌がある。
一番右側の象が、着ぐるみのように中にもう一つの顔があって可愛かった。


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トリエンナーレは11月まで続くので、本会場である横浜美術館、BankART yokohama NYKにも近いうちに行ってみようと思う。現代アートはやっぱり面白い。異世界の中を探検するのは楽しい!
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by norlie | 2011-08-21 12:54 | 横浜暮らし
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