島々の守り、ウミネコの海@宮城・松島
9月の連休、山形を訪れる旅に出た。
折しも台風の影響で、予定していた日程の1日目、山形は雨。
そこで急遽予定を変更し、1日目は宮城の松島を訪れることになった。

雨予報の日本海側とは異なり、太平洋側の松島はこの日きれいな晴天。
実家から車で向かったため、東北自動車道の大和ICから県道へ入る。
実は私にとって、松島を訪れるのはこれが初めてのこと。
松島へは、絶対に晴れた日に行こうと思っていたので、この日はまさに好機だった。

遊覧船までの時間が結構あったので、まずは陸側の瑞巌寺を観光。
瑞巌寺の参道は、背の高い松林がまっすぐに空へ伸びていて、とても心地いい。
緑いっぱいの参道は、ここが海の近くであることを忘れそうになるほど。だけど、その緑が松林であることを思い出すと、「ああ、三陸だなあ」と思う。

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三陸には松林が多い。
リアス式海岸特有の溺れ谷は、浜辺がほとんどなく、岬の断崖や山の木々のすぐ近くまで海が入り込む。
そういう場所だから、海水や潮風に強い木でないと生きられない。
松は海の近くでも元気に自生する。その強かさと厳格な感じがいいなあと思う。

松林のすぐ近くに青い海がある風景がいいのよ、と母がよく言う。
子供の頃は、はいはいそうですねー、と聞いていたけれど、いつしか私も同じように思うようになった。
私が知っている三陸の海岸線はほとんどが岩手だけれど、きっと宮城の三陸も同じ。

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遊覧船に乗ると、ウミネコがたくさん寄ってきた。
船上ではウミネコの餌を売っていて、たくさんの観光客が餌やりをしてくれるので、ウミネコも喜んで遊覧船と一緒に並走する。
ウミネコは結構賢い。たぶん彼らはかっぱえびせんの袋を覚えていて、それを見るだけで餌だとわかるのだと思う。
かっぱえびせんをつまんで手を差し出すと、赤と黒の模様の入った黄色い嘴で上手にとっていく。
子供の頃から蕪島でよく餌をやっていたので、怖くはない。私も2、3個もらって、餌をやった。

目つきがやけに怖くて、餌と見ると一直線に飛んでくるウミネコたち。
可愛いわけがない顔つきなのに、一挙手一投足にいちいち胸がきゅーんとする。
可愛らしいものへの愛しさいうよりは、無愛想で愛嬌のない生き物への愛着。
むすっとして、丸っとした体で、よっちよっちと港を歩くウミネコ。
仏頂面で、その鋭いまなざしでじーっと遊覧船を眺めるウミネコ。

どんなにがんばったって、その目じゃカモメみたいな愛らしい顔にはならないのに。
そんな私の皮肉なんか気にすることもなく、静まった海や観光客いっぱいの遊覧船を見つめるウミネコたち。
何を思っているのか、会話できたら面白そうなのに。

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今年の3月、この松島を含む太平洋岸一帯が大津波の被害を受けた。
だが、壊滅状態だった他の地域とは異なり、この松島の町に津波の爪痕はほとんど見て取れなかった。
海沿いの店舗や家々、海に突き出した五大堂も、震災前の写真のまま。
他の地域で見たような痛ましく破壊された場所は、少なくとも私の目には映らなかった。

この松島町は、津波の被害が極めて軽微だった場所。
それは、多島海特有の海の浅さと、多くの島々を持つ、松島特有の地形によるものなんだそう。
たくさんの島々が緩衝剤となって、津波の力を弱めた結果、町はほとんど無傷で生き残った。
地元に人に大切にされてきた松島の島々が、あの大震災の日、町と人々を守った。

少しずつ、景観は変わっていく。それが自然なんだということは、この半年で強く思い知った。
多島海自体、もともとは陸地だった場所だ。それが長い年月をかけて沈降し、海に浸食された結果でき上がった地形だから、少しずつ変わっていくのもまた自然な流れなんだろう。
それでもやっぱり、その変化が3月のような大きなものではなく、毎日の小さな積み重ねであることを願う。

遊覧船からは、岩場が崩壊し、景観が変わってしまった島々が見て取れた。
この島々が文字通り体を張って守ってくれたおかげで、今日、私はここに来られた。
多島海が織りなす美しい景観。
形を変えた島々に、ありがとうという思いを込めて。
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by norlie | 2011-10-01 21:56 | ぷらっと南東北
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