セレンディピティ
東京から来てくれた友人と、中華街で昼食とお茶を楽しんだ後、もう遅いと分かっていたけれど山手に向かった。
山手の西洋館はどこも17時で閉館してしまう。 15時からのお茶をたっぷり楽しんだ後では、ほとんど時間はないだろう。 そう分かっていたけれど、どうしても久しぶりに行きたくて、それにその友人が横浜へ来てくれることなんて滅多にないこともあって、一緒に坂を上ってもらった。 途中、友人が「この教会に入ってみよう」と言い出した。 それはカトリック山手教会。 以前から気になってはいたけれど、門をくぐったことはなかった。 教会の中は、がらんとした礼拝堂と整然と並ぶ椅子があるだけ。拍子抜けすると同時にほっと安堵した。 2、3人が席に着いていた。一人は観光客と思われ、他の二人は休憩でもしているような感じ。 私達二人も席に着いて、しばらくその静けさに身を預けた。 この教会によく似た教会を私は知っている。 それは、函館にあるカトリック元町教会。 まさに同じような間取りと、装飾と、そして完璧な静寂。 目を閉じて祈ると、あの教会のひんやりとした空気と心地よさが蘇る。 外交官の家に向かうはずが、友人のおかげで気になっていた教会を訪れることができた。 この場所に入っても大丈夫であることが分かったので、また今度来てみようと思った。 祈りの場所が好き。その大好きな場所に入れるきっかけを作ってくれた、友人の衝動的な行動に感謝。 そんなこんなで外交官の家に辿り着いたときには、もう閉館ぎりぎり。 だけどせっかく見せたかった館内は、何かのイベントの後だったようで、家具や調度品の配置がかなり違っていた。隅に寄せられたソファや椅子が、少し残念な感じ。 早足で見た後は、夕暮れのイタリア山庭園を歩きながら、外交官の家の外観を楽しむ。まだ時間があったので、ブラフ18番館で少しくつろぐ。 本来の目的地だった外交官の家をあまり楽しめないまま、イタリア山庭園を離れ、海に向かって歩く。 途中、ベーリックホールの門がまだ開いているようだったので、中に入ってみた。 門をくぐって小道を抜けると、まるでどこか異国にいるような錯覚を覚えた。 西洋館の中でも一際大きくて立派なベーリックホールは、お気に入りの西洋館の一つでもあったけれど、こんな時間に来たのは初めて。 いつもなら天気のいい午後に来て、太陽の光がいっぱいに差し込むサンルームやリビングでくつろぐ。 だけどこの日は、このライトアップされた建物の雰囲気と、夜に向かう空の色がとても美しくて、庭のベンチに座ってずっと眺めてしまった。 ライトアップされた淡黄色の外壁とスペイン瓦。 南国を思わせるパームツリー。 広い庭は木々に覆われていて、周囲の建物があまり見えない。 それが一層、この場所を異国にする。 まるで地中海を旅しているみたい。 トスカーナの小さな街にいるような。あるいはスペインの古都トレドにでもいるような気持ち。 それはもちろんそういう"気分"にすぎず、現実ではないのだけれど、それでもその幸せな錯覚が心に満ちていく。 自由な場所で羽を伸ばす。 時間の長い、旅先の夜のような。 谷戸坂を降りて、大さん橋に向かう。 その途中、「せっかくだから山下公園も寄っていく?」と尋ねたら、友人がそうしたいと言ってくれたので、山下公園を通って歩いていく。 すっかり日も暮れて、夜景が綺麗に見える時間帯の山下公園。 昼間アフリカン・フェスタをやっていたようで、ラストのキャンドルライブの最中だった。 民族音楽の陽気なリズムと、不思議な弦楽器の音、美しい歌声に誘われて、足が止まる。 キャンドルが照らすステージの真ん中で、一人の女性が見たこともないような弦楽器を携えて歌っていた。 その声が本当にきれいで、印象的で、思わず心地よさに聴き入ってしまった。 どこか南国の民族音楽を思わせる楽器の音色。でも、目を凝らしても、あんな楽器を私は知らない。 後で分かったのだけれど、歌っていたのはAnyangoというミュージシャン。 ケニアの伝統的弦楽器"ニャティティ"を、世界で初めて習得した女性なのだそう。 単身ケニアに乗り込んで、慣れない暮らしに身を委ねながら、音楽の修行をする。 想像もできないような生き方をしている人がいるんだなあと驚いた。 そんなパワフルな女性のイメージからは想像できないような、とても優しい声、上品な話し方。 素敵な出会いに感謝の限り。Anyangoの音楽は、iPodを通して、早速私の日常の中で流れています。 大さん橋でくつろいだ後は、赤レンガ倉庫のお気に入りのカフェ"chano-ma"へ。 大好きなベッド席でくつろぎながら、お腹いっぱいご飯を頂く。 目に優しい柔らかなキャンドルの光に包まれながら、豚肉の生姜焼きやフライドポテト。 居心地のいい日本の茶の間は、いつだって私の帰る場所。 本来の目的とは別に、偶然に素晴らしいものに出会う力"セレンディピティ"。 横浜は、このセレンディピティを働かせるには、本当にぴったりの場所だと思う。 目的地へ向かう途中のほんの僅かな寄り道が、人生を変えるような素晴らしい出会いや発見をもたらしてくれる。 世界に開かれた海が、多くの異国の文化を迎え入れる。 古いものと新しいもの、日本のものと異国のものが、毎日どこかで出会いを果たす。 だから、横浜を歩くときは、自分の直感を信じて、偶然を必然に変えて。 セレンディピティを信じて。
by norlie
| 2011-11-27 22:25
| 横浜暮らし
|
|
ファン申請 |
||