戦地からの手紙@沖縄本島
沖縄に滞在した2日目、戦争にまつわる場所を2箇所訪れた。
旧海軍司令部壕と、ひめゆりの塔だ。

この日初めて自覚したのだけれど、これまでずっと戦争にまつわる場所へ行ったことがなかった。
私の育った北国にももちろん戦火はあったはずだが、そういう資料館や跡地はほとんどない。
修学旅行も奈良と京都だったので、広島や長崎といった場所を訪れることなく、生きてきた。

友達がそこへ行きたいと言ったとき、正直なところ、私はあまり行きたいと思わなかった。
そういう場所よりも、青い海や緑いっぱいの山、世界遺産の遺跡や美味しいカフェなんかのほうが、私はずっといい。
だけど、皆が皆の行きたい場所をちゃんと尊重しながら場所を決めていたから、この気持ちには蓋をして皆とそこへ向かった。

旧海軍司令部壕では、案内の方から「まずは資料館の展示をご覧ください」と促され、展示物を見て回る。
普段こういう展示物にはあまり足を止めない。
ぼろぼろの軍隊服や壊れた手榴弾、泥まみれの銃や割れて汚れた食器。
当時を想像して思い描けば、心が入り込みすぎて、しばらく戻ってこられなくなる。それが嫌だったから、そういうものは表面だけをなぞるように、あまり深入りしないようにさらっと見るだけにしてきた。
戦争が二度と起こってはいけないことは知ってる。そういう時代の上に、私たちの時代があることも。
それだけで自分にとっては十分で、これ以上知ろうとすること、見ようとすることを、ずっと避けてきた。

そんな展示物の中で、目を捉えたものがあった。手紙だ。
文字には力がある。手書きで書かれたものには、より直接的で即時的な力が。
文章や筆跡には、何十年、何百年なんてあっという間に飛び越えてしまう、臨場感がある。

その手紙は、ある一人の兵士が故郷の妻へ宛てた手紙だった。
癖はあるが綺麗な字で、この時代の人特有の「~してゐる」「~である」「と思ふ」といった、今の私達には堅い言い回しが使われていた。
文章に心が宿っていた。故郷の妻や生まれてくる子供への愛情や、隣り合わせの死への恐怖。
展示物の説明とは全く異なる、その人の感じている思いや抱いている感情がダイレクトに文字に宿っていた。
つい数日前に誰かが書いた文章を読んでいるんじゃないかとさえ、思った。
静かな筆跡の中に、語調を抑えた冷静な文章の中に、時折、切羽詰った焦りや、家族に対する切実な愛情が見え隠れした。
黙って、その文章を読み続けた。たぶん友達も、そうしていた感じだった。

壕の中は、鉱山の坑道に少し似ていた。
今見ると、それはただ静かで、少し暗くて、人が掘っただけの細く狭い坑道のようだった。
ここで、どんな惨い生死のやり取りが行われてきたか、どれだけの激情や非情があったのか、思い描きつつ、思い描きすぎないようにしながら、進んだ。

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ひめゆりの塔を訪れたときも、「感情が入り込みすぎないように」というのをずっと気をつけていた。
ベトナムからの友人は資料を読んで、何度も「かわいそう」と言っていた。
"かわいそう"
ここで感じる思いはその客観性に留めておくべきだ。どんな気持ちだったのか、どんな恐怖だったのか、どんな絶望だったのか、そこにまで思いを馳せるべきじゃないと思った。

平和祈念資料館も、そうやって冷静に、淡々と展示を見ていった。
だけど、展示の中のある一文が、心にずしんときた。

沖縄は、天皇と本土防衛のための捨て駒にされたのです。

展示物としての冷静な一文だったが、その根底にある、静かな怒りや悲しみが伝わってくる文章だった。
沖縄が戦場となったことは知っていたけれど、そこへ至るまでの経緯やその結果を私は知らなかった。全て読んで、全てがショックだった。
いくら感情の扉を閉ざそうとしても、展示の文章が否応なく目に入ってくる。

看護活動では、麻酔のない治療が当たり前でした。
兵士達の中には、お前達に戦場の何がわかるのかと、女学生へ八つ当たりする人もいました

敗色濃厚となった戦争末期、本土からの助けもなく、突然の解散命令で戦場へ放り出されたひめゆり学生達。

あたりは全て米軍に包囲されていました。
「ここからは命令に従う必要はない。あなたたちの判断で行動しなさい」
泣き崩れる人、動けなくなる人、狂って戦場へ飛び出す人、様々でした。

私に彼らの気持ちがわかるはずはない。
だけど、展示の内容が問いかけてくる。
彼らがどんな気持ちだったか、彼らに何ができたのか、どうしてこんなことが起きたのか?

平和祈念資料館の中を歩いていると、第三外科壕を底から見上げた形で再現された場所に出た。
自然にできたような真っ暗な大穴に、僅かに開いた天井から外の光が差し込んでいた。
この優しい光は、凄惨な戦場で生きた人の目にも映ったのだろうか。
希望か、あるいは、この地獄がやっと終わるのだという死の安らぎか。

そう思ったとき、急に堰を切ったように、涙が溢れた。
ずっと我慢して、目を背けようと努力してきた感情がこぼれてきた。
怖い、つらい、もう嫌だ、逃げたい、悲しい、痛い、死にたくない、こんなふうに生きたくない。

「ごめん、私、もう無理」と友達に言って、外に出て、花壇の前で涙が止まるのをじっと待った。

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旧海軍司令部の真っ暗で重々しい壕から出ると、天気のいい明るい沖縄の空が広がっていた。
丘陵から遠くに見渡す海は、青くて穏やかで優しい。
今はもう、暗く凄惨な戦争の時代ではない。
この晴れやかな空が似合う、楽しく、笑顔でいられる時代。

だからこの体験を忘れない。
今日感じたことも、涙も、覚えておこう。

今、ここへ行きたいといってくれた友達には、少し感謝している。
そうでなかったら、私はきっと一生こういう場所を訪れることはなかっただろうから。
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by norlie | 2012-04-25 22:10 | ぷらっと沖縄
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