梓川のほとりで飯を食う@長野・上高地
太陽が顔を出したので、歩き始めることにした。
上高地には大正池から河童橋、明神池、徳沢、横尾まで、ずっと梓川沿いに自然研究路が整備されている。
これがまた地方の山にありがちな、獣道を少し広げただけの歩きづらい道というわけではなく、とても綺麗に整備された"遊歩道"だった。
難なく人がすれ違える十分な横幅、整った木組みの道。
傾斜もほとんどなく、これならば子供から高齢者まで楽しく歩けそう。

空気の澄んだ、静まり返った林の中を歩く。
周囲は湿地。透き通った水の中で、鮮やかな緑の水草がゆらゆらと泳いでいるのが見える。
湿地を覆う笹の絨毯に、すっくと立つ木々が気持ちいい。
ブナの丸い葉っぱが、水玉模様の屋根を作り、複雑な陰影を落とす。
木漏れ日の中でも緑は濃く、景色の彩度が高いのはこの季節ならでは。

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気温は徐々に上がってきて、大正池に降り立った頃の肌寒さはもう消えていた。
時刻は7時頃、ぽかぽかの春陽気だ。

遊歩道を歩き続けると、再び梓川のほとりに出た。

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白い河原に、梓川の透き通った碧色、夏山の濃い緑。
ずっと思い描いていた夏の高地の光景が目の前に広がった。
お日様の光を受けて、背中がぽかぽかする。景色は夏、空気は春のよう。

朝食を食べずに出てきたので、ここでおにぎりを食べることにした。
まるで体の良いベンチのように、川の目の前に大きな丸太が転がっていたので、腰掛けてぱくりと小さく一口。
・・・うまーい!

前日、ローソンで買った何のひねりもないシンプルなおかかのおにぎりが、なんと美味しい事か。
おかかのおにぎりなんて普段選ばないのだけれど、薬のせいで少し調子が悪かったので、胃にもたれない梅とおかかを選んだのだった。
簡素な和の味付けと、ぴりっとしたしょっぱさが身体に染みる。

あれは『夜中にジャムを煮る』の本だったか。
平松洋子さんが「海で食べるおにぎりは、唇についた塩っ気のせいで、山で食べるおにぎりよりしょっぱく感じる」と書いていたなあと思い出す。
山はそういう塩っ気がない分、梅やおかかの強い塩分がより心地よく感じるのだろうか。
あるいは1時間以上歩いて心地よい疲労感をたたえたこの身体が、しょっぱいものを欲したのかもしれない。

あるいは、この目の前に広がる絶景のおかげか。

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大正池やその近くの梓川沿いには、池や川の中からまっすぐに伸びる立ち枯れの木を見る事ができる。
大正4年、焼岳の噴火によって突然現れた大正池。そこに水没し、そのままの姿で枯れてしまった木々。
突然の環境の変化に、倒れ朽ちる事なく、死してなおその姿を保っている。
植物版のミイラみたいなものだろうか。
丸太に座って、少し不思議な気持ちで彼らを眺め続けた。

* * * * *

平松洋子さんの本を思い出したせいで、おにぎりを食べ尽くした後もお腹が空く。
彼女の本に出てくるような馴染んだ和のごはんが食べたくなった。
うちの家族がレジャーに行くとき、必ずと言っていいほど母がお弁当を作ってくれる。
豪華なときと、明らかに残りものだろうと思われる質素なときがあるのだけれど、今はそのお弁当がとても食べたかった。
母としては節約の意味が強いのだろうが、いつも食べているはずの家庭の味は、青い空の下、山の澄んだ空気の中で、いつもの何倍もの美味しさを発揮する。
それはまさに感動ものだ。

とはいえ、大正池を出て河童橋周辺までは、売店などの類いは一切ない。
ここで手の届かないごはんをいくら頭に思い浮かべても、マッチ売りの少女になるだけだ。
今はこの美味しい空気と、澄んだ清流のマイナスイオンで十分。ちょっと仙人っぽいけどね。

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by norlie | 2012-08-10 23:37 | ぷらっと甲信越・北陸
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