冒険心@長野・上高地
「見ろよ先生、八ツ原が光の海みたいだ」

というのは、数年前からケーブルテレビでやっている『夏目友人帳』というアニメに出てきたワンフレーズ。
自然豊かな九州の風景と、田舎の高校生の日常、人や妖怪との温かいふれあいを描いたストーリーで、どこか懐かしい雰囲気に惹かれて毎週楽しみに観ていた。
七辻屋のおまんじゅうを買った帰り道、主人公の夏目が陽光に照らされる八ツ原という平原を見て言った台詞だった。

梓川のほとりを出て少し歩き、そのフレーズがそのまま頭をよぎる風景に出くわした。

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朝の陽光が湿原に降り注ぎ、樹木が真っ白に輝いて、クリスマスのホワイトツリーのよう。
光を反射して白くさわさわと揺れる草原の中、よく目を凝らすと僅かに白い蒸気が上がっていた。夏の外気と冷たい水温の差のせいだろうか。

こういうのを"光の海"っていうんだろう。とても幻想的な朝の風景。

もう少し歩くと、開けた場所に出た。今度は一面に柔らかな黄緑色の絨毯が広がる。

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紺碧の空に、穂高連峰の山並みがくっきりと連なる。遠くの木々の濃緑が、徐々に近づくにつれて柔らかな黄緑色へグラデーションを描くのが不思議。

時刻は7時半過ぎ。太陽は少し見上げるくらいの高さまで来ている。
それでもまだ、気温は涼しさと暖かさの間を行ったり来たりしているくらいでハイキングにはちょうどいい。

笹の大きな葉が艶やかに光を反射する。
その中に溶けるように、凛とアザミが揺れていた。

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連続で続く田代橋、穂高橋から悠然とそびえる穂高連峰を見渡したところで、梓川が大きく右にうねる。
うねった川岸の上に、いくつか綺麗なホテルが見えた。
この先、河童橋にかけてはホテルが多い地域。特に山のロッジのような外観の清水屋ホテルは、どこかスイスを思い出した。スイスほどではないが、客室の窓枠の下の植木鉢からささやかな赤い花が覗いて、ホテルの心遣いと可愛らしさに笑顔が零れる。

明治時代のイギリス宣教師、ウォルター・ウェストンは、日本にヨーロッパ登山のスタイルを紹介し、また北アルプスや上高地の魅力を伝えた人物。
彼を讃えたレリーフ、ウェストン碑を通り過ぎ、背中に焼岳、左に穂高連峰を眺めながら歩を進めると、やがて上高地の中心地、河童橋へ到着した。

河童橋の真ん中に立つと、真っ青な梓川の向こう、これまで見てきたよりもぐぐっと迫るように穂高連峰がそびえ立つ。
これぞ夏山の景観美。梓川の透明度がすばらしい。

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槍ヶ岳に源を発し、松本まで流れ落ちる梓川。
高地にこれほど幅が広く、透明な川があることに心惹かれたのがこの旅のきっかけでもある。
急峻な山を縫うように流れる渓流なら見たことはある。それはそれで、生茂る樹木に隠されるようにきらきらと流れる渓流が美しくて大好きだ。
けれど、この梓川のように、オープンに開けた大きな川が緩やかに高地を流れていく景色は人生初。

山が近い。
透明度の高い川が、光を取り込んで青く輝く。
象牙のように白く丸い小石が堆積した両岸は、岩手の浄土ヶ浜を思い出した。
あそこが海の浄土なら、ここは山の浄土。清涼な空気と清浄な気配が溢れている。

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穂高連峰の尾根が見える。
急な斜面に、緑の絨毯が見えて気持ち良さそう。
登山の知識はないので、あそこに登ることができるのかどうかさえ私にはわからない。
でも、あの山に登ったら、どんな景色が待っているんだろう。どれだけ空は近くなるのだろう。
感動と好奇心が入り交じって、わくわくした。

なだらかな山道をハイキングするなら、平気で5、6時間は歩ける。
だけど、登りとなると途端に自信がない。一歩一歩踏みしめて、登り続けることなんて自分にできるのか。
正直1時間だってきつい気がするのだ。だんだん脚が上がらなくなって、留まってしまうのではないか。

苦しいと分かっているし、やめたほうがいいと冷静な自分が言う。
だけど子供のような大人心が小さくささやく。
「あの上には、どんな世界があるんだろう?」

上高地、北アルプスの山々が点した小さな冒険心の火。
もちろんこんな北アルプスのような登山は今は想像もしていませんが・・・。
この旅から帰ったら、まずは身の丈にあった山でも探してみようか。
そしてpatagoniaあたりに登山靴でも見に行ってみようかな。
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by norlie | 2012-08-13 22:10 | ぷらっと甲信越・北陸
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