夏山の桃源郷@青森・八甲田
薮を抜けた先に、すっとそびえる山があった。

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八甲田の最高峰、八甲田大岳。
山肌にはほとんど木々がない。背の低いアオモリトドマツだけが、ぽつりぽつりと小さく顔を出している。
冬場になると、このアオモリトドマツが美しい樹氷を作る。

今回は登らなかった山、大岳。
そしてこの山が間近に見えるということは、上毛無岱に到着したということ。
今までの薮がまるで嘘のように、静かな湿原でさわさわと風が草木を揺らしていた。

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湿原の真ん中には細い板が渡してあり、歩道になっている。
薮を抜けた安堵感と、薮の先に広がっていた美しい湿原に、思わず言葉を失った。

板に腰掛けて、湿原の中に座る。
おにぎりを食べた。冷たいお茶を飲んで一休み。水筒の中で氷がカランと音を立てた。
湿原を風が渡る、その音が聴こえるほどに、山は静かだ。

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この時期、毛無岱にはキンコウカが咲き誇っていた。
咲き誇るというにはあまりに楚々とした、ささやかで控えめな花だけれど、湿原を金色の絨毯のように覆い尽くし、あちこちで風に揺れている。

毛無パラダイスライン。
天国のようなこの場所に続く道だから、そう言うんだろうか。

ああ、頑張って歩いて良かった。
来て良かった。

一番身近な山、八甲田。子供の頃から、この山の麓ばかりをうろうろしてきた。
睡蓮沼に地獄沼、蔦沼に萱野高原、城ヶ倉大橋。
だけど、山の上にこんな景色が広がっているなんて知らなかった。

知ろうとしたから出会えた景色。
自分の足で歩いてきたから立つことができた場所。

山ってすごい。

薮の中よりはるかに歩きやすく、道も整備された上毛無岱を抜けると、急な下り階段に出くわす。
突然、眼下に、まるで地図のような風景が広がった。
黄緑の海原に、濃緑の島々が浮かぶ。所々に、鏡のような沼地がクレーターの円を描く。
緑の多島海。それはもう一つの湿原、下毛無岱だった。

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この階段で何人の人が息をのんだだろう。
あるいはいくつの溜め息が漏れただろう。
一つの世界が終わり、また別の世界が開けた。風がよりいっそう柔らかい。

下毛無岱まで来ると、酸ヶ湯温泉はもう一息。
逆に、酸ヶ湯温泉から登ってきた人にも出くわす。あるいは、毛無パラダイスラインではなく、大岳登山ルートから下ってきた人。
湿原展望所のベンチでは、そんな旅人たちの穏やかな会話が聴こえてきた。

津軽から来たおじさんと、東京から来たおじさんが談笑していた。
二人とも登山慣れした雰囲気があって、やれ、あそこの山はいい、あそこの山は面白いと語らっている。

少し離れたところで、ひっそりと紅葉が色付いていた。
例年、9月下旬には八甲田の紅葉が始まる。
この八甲田で今、短い夏が終わろうとしているのだ。

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いつまでもここで風に吹かれていられたら。
そんな穏やかな心地を背に、再び歩き始める。

下りなくちゃ。山登りとはそういうもの。
その天上の景色がどれだけ素晴らしくても。
登ったら、ちゃんと下りるところまで、自分の足で一歩一歩踏みしめて。

樹木の雰囲気が変わり初めて30分頃、酸ヶ湯温泉の建物が見えてきた。
周囲の植生がだいぶ変わる。木々がほとんどなかった高地から、いつしか、見上げるほどに高いブナやダケカンバに囲まれていた。

やがて、見慣れた場所へ降り立つ。
何時間も待っていたのだろう父が、やっと来た来たという感じで、のほほんと手を振っている。
見慣れた風景。見慣れた場所。車。人。

だけど一つだけ違って見えるものがある。遠く、高くそびえる八甲田の山々だ。
彼らを見る度に何度でも思い出す。
薮の大冒険。
ミツバチのふわふわした背中。
迫るような大岳を目にしたときの喜び。
吹き抜ける湿原の風。
眼下に広がる下毛無岱。

胸に刻まれたこの一日が、きっとこれから何度も私の背中を押すだろう。
この先の人生の、いろいろな曲がり角や、登り道、下り道で。
いつも、何度でも。

いつか大岳登山ルートも行ってみたい。
そんな夢もできたことをここに記してこの日記を閉じることにします。
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by norlie | 2012-09-08 21:00 | ぷらっと青森
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