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閉ざされた世界 - 十和田湖・奥入瀬 -
翌日、相変わらず雪は降り続いていた。
けれども風は凪ぎ、日差しも時々のぞいて、外が明るい。

しんしんと雪が降る世界に音はなく、生き物の気配もない。
道を歩く人もいないが、きれいに整えられた道路が今日も除雪車が働いていることを物語る。

真っ白い雪の壁でできた道路はまるでサーキット。
レース気分で(速度は30キロ以下だけど)進んでいくと、やがて湖の外周が見えてくる。

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十和田湖はあまり凍結することのない湖。
それが24年ぶりに凍結したと伝えられたのが昨年だったが、今年もまた凍結していたのだった。
24年ぶりの凍結が2年連続続いたとなれば、やはり昨今の異常気象を感じざるを得ない。

十和田湖の南側は、中山半島、御倉半島という2つの半島が突き出し、入り江のようになっている。
この日、その南側は完全に結氷しており、凍った湖面に降り積もった雪で、水平線まで一面の白が続いていた。

大地に降り積もった雪景色と違い、どこまでも凹凸のない真っ平らな雪原。
それは私にとって初めて見る光景だった。

この光景を是非ともカメラに・・・と思ったのだが、あいにく湖の周辺は私の背丈くらいの雪が積もっている状態。
道路脇の雪壁の切れ目から、やっとの思いで景色をのぞけるような感じで、ただでさえ雪で狭くなったカーブ続きの道路に停車する訳にも行かず、惜しいと思いながらも走り抜けた。

だから写真はない。
私の心の中だけの、忘れられない一枚だけ。

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子の口まで来ると、水を湛えた部分と結氷した部分との境目が見えた。
これが氷と水との境界。
ここは車を停められそうだったので、外に出て、しばしその風景を見つめた。

他の季節とは明らかに静けさの性質が違う。
春や夏だって、ここはいつも静かだと感じる。だけど、それはただ人工的な音がしないだけで、自然の音はたくさん聴こえてくる。
せせらぐ水の音。遠く響く鳥の声。葉擦れの音。草花が揺れる音。湖を渡る風の音。
心が安らぐ静けさ。

だけどこの真冬の湖には、生き物の声も、木々の音もしない。
ずっしり降り積もった雪の下で、大地はすっかり眠ってしまったらしい。
これが本当の静寂。
ここは、閉ざされた場所なのだ。

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奥入瀬へ入ると、真っ白な樹木のアーチが迎えてくれた。
昨日は吹雪で周囲がまるで見えなかったけれど、こんなに綺麗な景色だったんだなと思う。

初夏の新緑のアーチ。
晩秋の紅のアーチ。
そして、この純白の雪のアーチ。

葉をまとわず、雪の白さで露になった繊細な骨格は、現実味がなく、まるで物語の世界に迷い込んだような気がする。
これもまた"閉ざされた世界"の一部なんだなと思った。

奥入瀬渓流とは言うものの、この季節は渓流どころではない。
1メートルを易々と越える2月の雪は、渓流の景色を完全に阻んでおり、滝一つ見えやしない。

そのかわり、山の斜面にはところどころ氷柱ができており、まるで氷の神殿のような不思議な景色が続いた。
綺麗な水色の氷柱は、この季節でなければ見ることのできない貴重な風景。

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かろうじて、雪壁の狭間から見ることができた2つの滝がある。
銚子大滝と雲井の滝だ。どちらも奥入瀬を代表する大きな滝。

そんな銚子大滝は左半分が凍結して、氷柱になっていた。
残りの半分を緩やかに水が落ちていき、滝として機能しているようだった。

落差25メートルの雲井の滝は、その上半分がすっかり雪に埋もれながらも、下の半分に轟々と落ちる滝の流れが見えた。
真っ白な雪が雲のようで、その名のとおり、雲から落ちる滝の様相を呈している。

この2つの滝を見たとき、なぜか奇妙に安心した。
それは死んだように眠る誰かにふと不安になったとき、ああ、ちゃんと脈打っているとわかったときのような安堵感に似ている。
すっかり雪に埋もれた奥入瀬で、その2つの滝は流れる血脈のように、渓流が生きている証の音を聴かせてくれた。

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十和田湖から見て、石ヶ戸が近づく少し手前に出てくるのが阿修羅の流れ。
奥入瀬で最も有名な流れである。
深い雪の中、勇気ある先客がつけた足跡のおかげで、阿修羅の流れだけは近づくことができた。

阿修羅の流れもさすがのこの大雪では、流れもちょろちょろ。
岩が大きなマシュマロのような帽子をかぶっていて、流れる渓流は全く見えず、音も聞こえない。
ただ、流れが行き着く下のほうだけは、再び渓流がのぞき、小さなちょろちょろとした音が聞こえた。
これもまた冬の渓流の血脈だ。


2月、真冬の十和田湖、奥入瀬。
来るのは大変だったけれど、滅多に出会えない景色の数々に、ああ、いい旅だったという気持ちがじわじわと沸き上がる。

春が来れば、雪解け水で水かさが増し、湖は青さを取り戻す。
渓流は勢いよく流れ、緑の新芽が顔を出して、生命の空気に包まれるのだろう。
今年のこの豪雪では、その流れも大分激しくなるのではないだろうか。





幻想的な十和田湖、奥入瀬の風景から、まるでどこか別世界に迷い込んだかのような錯覚を覚えた。
そんな私を現実へ引き戻してくれた、石ヶ戸の売店にあった可愛らしい雪だるま。

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上手すぎない形と、天然笑顔のそのお顔がいい感じ。
寒い中、手袋をして「甘酒はこちら」の看板を持って、なかなかの働き者である。
人の気配を感じ、人の世界に戻って来たことを実感して、思わず彼の手をぎゅっと握ってしまった。
by norlie | 2013-03-16 10:33 | ぷらっと青森
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